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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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ダンス・ウィズ・キャッツ⑥

 穏やかないさなの笑みを見て、ミオは目をまたたかせる。

「意外ね。私が知っている影無はもっと好戦的だったけど」

影無かげなしだっていろいろいるのさ」凍月いてづきが応える。

「あなたはどういう子が好みなの?」ミオはからかうように訊いた。

「――さぁな」

 いさなの隣で首をすくめた凍月はそれからぽつりと、

「少なくとも、刀を振り回せばいいと思っているやつじゃないのは確かだ。力に溺れて辻斬りみたいになっちまった影無もいたからな。まぁ、そういうやつは俺の見る目がなかったってこった」

「怖い刀よね」

「かもな。だが、どう使うかは、使い手次第だろ」

 言って、凍月は傍らのいさなを見上げた。

「せっかく選んでくれたんだから、凍月を失望させないようにしないとね」

「そうだな。励んでくれ」

 笑い合う2人を見て、氷魚は図書館の夜の凍月の言葉を思い出す。

『影無では絶対に得られない幸せが、あいつにもあっていいんじゃねえか』

 確かに影無は熾烈な生き方だ。

 常人には想像もつかないつらいことがたくさんあるのだろう。加えて、いさなは親しい人をなくしている。

 それでも、やっぱり。 

 

 ――凍月さん。凍月さんと並んでいるいさなさんは、不幸せには見えませんよ。


 そんなことを思っていると、不意に、膝の上に重さを感じた。ミオだった。

「あ、ずるい」とかなでが声を上げる。

「ずるくはないでしょ」いさなは苦笑した。

「いやいや、待ってください。考えてみれば、先輩には凍月さんがいるじゃないですか。で、ひーちゃんにはミオ。あたしも癒やしの存在が欲しいです」

「おまえ、俺のことマスコットかなにかだと思ってねえか。つーか、おまえには小童がいるだろうが」

「そういえば、耀太ようたくんって狐の姿になれるんですかね」

「知るかよ。本人に訊け」

「人の膝の上って、なんでか落ち着くのよね」

 向かいのやりとりはどこ吹く風で、ミオはそう呟いた。

「そっか」

 氷魚は笑うと、ミオの柔らかな毛で覆われた背中を撫でた。

 このときだったと思う。

 自分は猫と、ミオと一緒に暮らすことになったのだと実感が湧いたのは。

 膝の上の重みから伝わってくる温もりが、愛おしく感じた。


 放課後、提出期限が迫っているものの、読書感想文を書く気にはなれず、仁菜になは早々に教室を出た。

 適当にごまかして書いた最初の感想文の焼き直しで先生は許してくれるだろうか。最悪、怒られても構わないと思う。どう頑張ったって、いまの気分では書けない。

 いつもの帰り道を歩く足取りは重く、気も重い。

 ローカルニュースで、鳴城の商店街にある書店が荒らされたという事件を取り扱っていた。

 もしかしたら、あれも自分のお願いが関係しているのかもしれない。だとしたら、とんでもないお願いをしてしまった。

 ――どうしよう。

 お腹の底がずしんと重い。

 謝るべきなのだろうが、誰に謝ればいいかがわからない。そもそも、許してもらえるのか。

 ふと視線を感じて、仁菜は足を止めた。

 見れば、以前逸れた脇道の入り口にトラ猫が座っている。仁菜を結果的にあの不思議な祠に誘ったトラ猫に間違いなかった。

「あ……」

 仁菜が声をかけようとするより早く、トラ猫はこちらにお尻を向けて歩き出した。

 ついていこうか。でも、猫を追いかけている場合ではないとも思う。

 仁菜が迷っていると、足を止めたトラ猫が振り向いて、一声鳴いた。

 ついてこい。

 そう言っているみたいだった。

 迷いは消えた。

 胸の前で拳を握り、仁菜は言った。

「行く」


「仁菜さん、本当に来るかな」奏が言う。

「そこはシゲトラがうまくやってくれるでしょ」氷魚は応えた。

 猫の女神の神像が祀られている祠の裏に、氷魚たちは身を潜めていた。背の高い草のおかげで、いい具合に表からは見えない。

 こんな目立たない場所に祠があったなんて、全然知らなかった。仁菜はよく見つけたものだ。

 仁菜がミオにお願い事をした女の子だという確認は取れている。奏が運動会のときに撮った写真に写っていたのをミオに見せたらどんぴしゃだったのだ。

 かくして、『祠の裏に隠れて仁菜がきたらミオがうまいこと話してお願い事をうやむやにする作戦』(奏命名)が決行する運びとなった。長すぎて覚えられない。

「ね、ひーちゃんはどうしてミオと一緒に暮らそうと思ったの?」

 奏が氷魚の顔を覗き込んで訪ねる。

「唐突だね」

 氷魚は肩に乗っているミオを横目で見た。

 家からこっそり連れ出したのだ。なので、不在がばれる前に帰る必要がある。家族に心配はかけたくない。

「そうでもないよ。この前から訊きたかったの」

 ミオと猫の女神の心意気に打たれたというのが大きいのだが、臆面もなく口にするのはさすがに気恥ずかしい。

 なので、氷魚は「一目惚れしたから」と言うに留めた。

「ほら、ミオって、かわいいでしょ」

「かわいいけど、ホントにそれだけ?」

「いや、まあ……」

 言葉を濁していると、にやにやと笑っているミオが目に入った。

「なんだよ」

「べつに、なんでもない」

 ふと見ると、奏もにやにやしていた。

 なんなんだ、ふたりして。

「合図」と、真顔になった奏が小声で言う。

 氷魚たちとは別方向に隠れているいさなが片手を挙げた。

「ミオ、準備はいい?」

 ミオに確認を取る。

「任せて」

 にしても、凍月もだが、なぜみんな自分の肩に乗るのだろう。

 そんなことを思っていると、足音が聞こえてきた。

「ミオ様、連れてきましたよ」

 こちらに向かって駆けてきたトラ猫、シゲトラが得意げに言う。

「ありがと。様は要らないわよ」

「っていっても、僕たちからすれば神様なのに変わりはないし」

 ミオは、長らくこの地域の猫たちの間で語り継がれてきたらしい。英雄みたいな扱いだったようだ。

 祠も猫たちが定期的に見回りに来ており、たまたま当番だったシゲトラは、仁菜のお願い事を聞いたミオがしゃべったのを聞いてえらく驚いたとか。

「ミオ様の武勇談、僕たちの間では伝説なんですよ」

 それはちょっと聞いてみたいと思う。ミオは嘆息した。

「――わかった。好きにするといいわ」

 祠の前辺りで、足音が止まった。いさながうなずくのが見える。

 ここからは見えないが、仁菜が来たようだ。

「……あ、あの。神様、いますか?」

 仁菜の声が聞こえた。

 ミオは軽く咳払いすると、口を開いた。

「ああ、いるぞ」

 これまでとは打って変わって、威厳のある口調だ。

「なんの用だ。人の子よ」

 演技なのかなと思ったが、もしかしたらこちらが素の可能性もある。

「……ごめんなさい。あたし、この間のお願いを取り消したいんです。本をなくしてくださいっていうの」

 氷魚は肩のミオと肩を見合わせた。向こうから言い出してくるとは。

 氷魚がうなずくと、ミオは再び口を開いた。

「なぜだ?」

「この世界には、本を好きな人もいるから。あたし、そこまで考えませんでした」

 この間、仁菜がいさなと話していたとき、はっとしたような表情になったのを思い出す。あのとき、仁菜は違う視野に気づいたのかもしれない。

「そうか。だが、一度神にした願いをそう簡単に取り消せるとは思わないことだ」

「え……」

「条件がある」

「な、なんでしょうか」

「読書感想文を書け」


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