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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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ダンス・ウィズ・キャッツ⑤

 翌日の午後、たちばな家に、いさなとかなでがやってきた。

「すごい。完全に猫仕様になってる」

 居間に足を踏み入れたいさなが呟く。

 部屋の隅には天井まで届きそうなキャットタワー。そして床には猫のおもちゃがたくさん散らばっている。

「ミオさんはどこ?」

 尋ねる奏に、氷魚ひおは「あそこ」とキャットタワーを指さしてみせた。父と姉が1時間かけて組み立てた力作だ。実のところ、DIY的な工作は母の方が得意なのだが、父が自分にもやらせてくれと頼んだのだった。なお、出来映えは普通だ。

 タワーの中程には穴が空いた箱が備え付けられていて、ミオはそこで丸くなっていた。

 遊び疲れて眠っているのだ。猫の本能故か、おもちゃの魅力には抗えなかったらしい。

「それじゃあ、あたしたちは出かけるから。いさなちゃんと奏ちゃんはゆっくりしていってね」

 水鳥みどりと両親は、揃って居間を出ていった。これから泉間まで映画を観に行くらしい。

 曰く、「あたしたちがいたらおじゃまでしょ」とのことだ。別にそんなことはないのだが。

「――さて」

 奏はキャットタワーに近づいた。

「うわ……。かわいい」

 隣から覗き込んだいさなも「そうだね」と大きくうなずく。

「なんだよ。おまえら2人揃って。中身はあいつだぞ」

 姿を現した凍月いてづきが、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「凍月、妬いてるの?」

 かがみこんだいさなが凍月の脇腹をつつく。

「んなわけねぇだろ」と、凍月はうるさそうにいさなの手を前足で叩いた。

「……なんかうるさいと思ったら、あなたたち、来てたのね」

 目を覚ましたミオが、キャットタワーから身軽に飛び降りた。ミオの大きさからすればけっこうな高さだが、さすがは猫だ。

「よう、今回はずいぶんとかわいらしい依代じゃねえか」

「まぁね。あなたにも負けてないでしょ?」

「俺は外見で勝負してねえぞ」

「ふふ。さて、マスコット枠から解雇されそうな凍月は置いといて、影無の遠見塚とおみづかいさなと、ダンピールの弓張ゆみはり奏ね。改めてよろしく」

 凍月はなにか言いたそうにしていたが、諦めたように嘆息した。

 いさなと奏は頭を下げる。

「よろしくお願いします」

 ミオには事前に、いさなたちについて話してある。無論、2人の許可は取った上でだ。

 挨拶も終わったので、一同はソファに移動した。ミオは氷魚の隣にちょこんと座る。いさなと奏、凍月は対面だ。

「では、ミオさん。いくつか聞かせてもらってもいいですか」

 いさなが改まった口調で言った。

 まるでインタビューみたいだ。そういえば、ヴァンパイアにインタビューする映画があったなと思う。あちらは確か200年くらいの半生だったか。

「いいわよ。その前に、さんは要らないわ。敬語もなしで。奏も、いい?」

 ミオは前足でいさなと奏を順に差す。

「――わかった」

「うん」

「よし。じゃあ、なにを訊きたいの?」

「まずは、あなたの目的について。氷魚くんからは、もう本を散らかす気はないと聞いたけど……」

「ないわ。あの女の子には謝らなきゃね」

「その女の子って、大野おおの仁菜になさん?」

「名前まではわからない」

「あ、それなら写真があるよ」

 携帯端末を取り出した奏が画面をタップし、ミオに向けた。

「この子じゃない?」

 耀太の側に仁菜が映っている。ミオはうなずいた。

「そうね。この子だわ」

「よし。それなら、仁菜さんと会う場所をこっちでセッティングしてもいい?」

「どうするの?」

 いさなが訊くと、ミオは小首をかしげた。

 ――かわいい。

 いさなもそう思ったのか、一瞬反応が遅れた。

「……っ。ミオには祠の裏で隠れてもらって、仁菜さんが来たら話をしてもらう」

「なるほど。いい方法ね。構わないわ」

「よかった。これで問題の一つは解決しそう」

「他になにかあるの?」

「あるさ。おまえ、自分が何者かわかってるだろ。神格が依代を得て顕現してるって、協会からすればけっこうな大事なのさ。場合によっちゃお引き取り願う必要がある」と、凍月が言った。

 直截的な物言いは避けているが、力尽くで退治するという選択肢もあったのかもしれない。ミオが凍月と戦う姿など、当然見たいはずがない。

「人やあやかしに害を及ぼさないかってことね。それなら安心して。私にはそのつもりはない」

「だったら、おまえはどうしたいんだ?」

 凍月がまっすぐミオの目を見て問いかける。ミオはぶれなかった。

「この子を幸せにしたい」

「……は?」

「この子の身体に入ったときに、記憶も流れ込んできたの。だから、現代の知識についてはある程度知ってる。野良猫の自由さもいいけど、過酷でしょ。だから、人と共に生きようかなって思ったの」

「マジで言ってるのか。女神のおまえが人に飼われると?」

「いまは一介の猫よ。それに、飼われるんじゃない。同居よ。でしょ、氷魚」

 ミオに話を振られて、氷魚はうなずく。

「そうですね。対等の関係です」

 とはいえ、ミオを見ていると、そのうち下僕や缶切りみたいになってしまうかもしれないと思わなくもない。

「だからって……」

「凍月、あなただって似たようなものじゃない。あやかしでありながら、人と共に生きてる。昔から、ずっとね」

「むぐ……」

「――わかった。協会には、そのように報告する。ただ、どうしても監視は必要だから、私が監視役になると思う」いさなは言った。

 沖津おきつ沢音さわねの監視をしていたような感じになるのだろうか。

 沖津は、いまどうしているのだろうとふと思う。

「面倒をかけて悪いわね」

「気にしないで。……本音を言えば、あなたと戦わなくてすんでほっとしているの。思いも寄らない形でびっくりしたけどね」

 いさなは、安心したように微笑んだ。


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