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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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猫の女神

 ――私は一体なにをやっているのだろう。

 

 久しぶりに人にお願い事をされたからとはいえ、本を散らかして回っているなんて。

 子どものいたずらと大差ない。人々に忘れ去られはしたが、自分は神なのに。

 自分に願いをかけたあの子どもだって、大して喜んでくれないに違いない。

 そもそも、少女が本気ではないのは明らかだった。

 だから、単なる自己満足だ。

 わかっている。わかっているのだが――

「情けないな……。ん?」

 夜明け前、自分のささやかな祠に帰り着いた猫の女神は、寝床の前に子猫が横たわっているのを発見した。

 銀と黒の縞模様の毛並みを持つ子だ。元はきれいだったのであろう毛並みは、すっかり艶を失っている。

 母猫とはぐれたのか、それとも人間に捨てられたのか。なんにせよ、迷子になってここで力尽きたらしい。

 子猫は、虫の息だった。

「ねえ、あなた」

 猫の女神が呼びかけると、子猫は瞼をうっすらと開けた。わずかに首をもたげる。

「――よかった。かみさまは、本当にいたんですね」

「あなたは、私のことを知ってるの?」

「声が聞こえたんです。こっちにおいでって。でも、わたし、声がしたほうに行く元気がなくて。それで、どうにか、かみさまの気配がするここにたどり着いて……」

 さきほど、図書館で自分が周囲の猫に呼びかけたときの声が、この子にも届いていたのだ。

 他の子たちはねぐらや家に帰るように誘導した。だが、この子は帰れなかった。

「……わたし、迷子なんです。家に帰りたいのに、帰れなくて。いつの間にか、知らないところに来てたんです」

「そうだったの……」

 迷子だという子猫と自分の境遇が重なる。

 思えば、自分も遠い異国に来て帰れなくなった迷子みたいなものだ。分霊とはいえ、多少なりとも郷愁の念はある。

「帰りたかったけど、もう、無理みたいです。一歩も動けません……」

 そう言って、子猫はくたりと首を地面に着ける。

「ごめんなさい。いまの私では、あなたを助けることができない」

 子猫の魂は身体から離れかけており、猫の女神にはそれを食い止めるすべがなかった。

 精神体だけの存在、しかも信仰すらない現状では、自分は無力に等しい。近くの猫を呼ぶ他は、せいぜい本をひっくり返すことぐらいしかできない。

 不甲斐ないと吐き出す嘆息すら持ち合わせていなかった。

「いいんです。わたしは、最後に、かみさまに会えただけで十分です」

「せめて、身体があれば……」

 受肉すれば、信仰がなくともいまより強い力を振るうことができる。死にかけている子猫を助けることも、あるいは可能かもしれない。

 数百年前に鼠のあやかし――旧鼠きゅうそと戦った際には、この地の猫の身体を借りたのだ。

「かみさまは、身体が欲しいんですか?」

「そうね……。ないものねだりだけど」

「だったら、わたしの身体を使ってください」

 意外な子猫の申し出だった。

「え……?」

「わたしはもうじき死ぬんですよね。その後でかみさまに身体を使ってもらえるのならば、うれしいです」

「――」

 猫の女神は葛藤した。

 自分が依代として使うのであれば、この子の『身体』は生きながらえる。

 しかし――

 以前の猫には適性があったから、依り代になっても自身の意志を保つことができた。

 だが、この子は多分無理だ。

 弱りきっている子猫の精神は、女神が宿ればひとたまりもなく消し飛んでしまうだろう。

 助けたいと願う相手の精神を犠牲にしてしまったら、本末転倒だ。

「わたしでも、誰かの役に立ちたいんです」

 子猫の目には強い光があった。確固たる意志の力を感じた。

 子猫は自分の死を受け入れている。諦めではなく、自然の流れとして。

 怖くないはずがないのに。寂しくないはずがないのに。

 幼くも誇り高き猫の心意気に応える方法は、ひとつしかなかった。

「――わかった。あなたの身体、使わせてもらう」

 女神の言葉を聞いて、子猫は安心したように微笑んだ。

「……ありがとうございます」


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