夜の図書館⑤
「凍月は、あの猫の女神様の祠の場所を知ってるの? わたしが部室で広げていた資料には、それらしき場所はなかったけど」
「よく覚えてねえな。遠見塚の家には資料があるんじゃないか」
「わたしが調べた中にはなかった気がするけど……。もう一回調べようか」
「いまからか?」
「ええ。ぐずぐずしてたら、また別の場所の本が荒らされる」
「祠を見つけたら、どうするつもりだ」
「それは……話し合って、わかってもらう」
そう言ういさな自身、その方法が難しいということを自覚している顔だった。
「あいつが話し合いに応じるように見えたか?」
凍月に返され、いさなは言葉に詰まる。
「現時点であいつを止めたいのなら、斬るしかねえぞ。実際、一番簡単で手っ取り早い。一太刀でケリがつくだろうさ」
影無の刀は、相手が神であろうとお構いなしに斬ってしまえるらしい。
「そんなの、乱暴すぎるよ」
「だったら、別の視点から考えるこったな」
「別の……」
「ああ。――そうだ小僧、おまえはどう見る」
「え、おれですか」
「うん。おまえ、さっきなにか言いかけてただろ」
3人の視線が集中した。
氷魚は少したじろぎながら、
「そうですね。祠を見つけた人について、です」
「あ――」
いさなと奏がほぼ同時にはっとしたような顔になる。
「そうか。猫の女神様にお願いをした人を見つけて、願いを取り下げてもらえばいい」
いさなが呟いた。
「はい。女神様が納得してくれるかどうかはわかりませんが、可能性はありそうじゃないですか」
「でも、一体誰が……」
「なんとなくですけど、子どもって感じがするんです」
言って、氷魚は顎をさする。
「どうして?」
「『世界から本をなくしてくれ』なんて、だいぶ無茶な願いですよね。女神様には申し訳ないんですが、大人が、忘れ去られていた神様にするようなお願いではないと思うんです。最初の事件現場が小学校っていうのもあるし、女神様は『あの子』と言っていた。もっとも、女神さまからすれば、人間はみんな子どもみたいなものかもしれませんが」
「なるほど」
「ひとまず、子どもだと仮定すると、『書物を嫌いになるような理由』っていうのも見当がつきませんか」
「課題で、無理に本を読まされたとか?」
いさなが言った。氷魚はうなずく。
「いまの時期だと、秋の読書週間とかで、読書感想文なんかが課題で出されてるんじゃないでしょうか」
氷魚にも覚えがある。
本を読むのは苦痛ではないが、感想を書くのは苦手だ。面白い、つまらない、普通の一言で済ませられたらどんなに楽か。
自分が読んだ本について、豊かな言葉で感想をかける人はすごいと思う。
映画の感想も同じだ。
観た後にネットで感想や考察を漁ると、自分では思いつかないような表現や予想外の観方をしている人がたくさんいる。新しい発見があって、すごく面白いのだ。観たばかりの映画をすぐにもう一度観たくなる。
「そういえば、耀太くんのクラスでも、読書感想文が課題として出されてた」と、奏が言った。
「それで、小学校に調査に行ったとき、話しかけてきた女の子がいたよね。耀太くんのクラスメイト」
「大野仁菜さん!」
いさなと奏の声が重なった。
「あの女の子がお願いをした当人かどうかはわからないけど、話を聞いてみる価値はあるんじゃないかな」
氷魚が言うと、奏は手を叩いた。
「だったら、耀太くんに頼んで約束を取りつけてもらおうか」
「じゃあ、弓張さんにはそっちをお願いするね。話を聞くときはみんなで会おう。わたしは猫の女神様についての文献を探してみる」
「大したもんは残ってねえと思うぞ」
「それでも、探すだけ探すよ。相手のことを知っておきたいから」
「フェイスブックやツイッターでもやっててくれりゃ少しは楽なんだがな」
SNSを利用する女神様はいるのだろうか。
「ふふ。そうだね」
笑って、いさなは壁から背を離した。
「では、今日は解散ですか」
「うん。帰ろうか」
「わかりました」
氷魚はあくびをかみ殺した。
「ひーちゃんはどうするの?」
「徹夜の覚悟だったけど、帰って眠ろうかな。……あ、でも、家族を起こしちゃったら面倒かも」
自分は、遠見塚家に泊まっているはずなのだ。
「だったら、うちで眠っていく?」
魅力的な奏の提案だった。耀太もいるし、問題はないだろう。今日は土曜日で休みだし、起きたら家に帰ればいい。
うなずきそうになったところで、視線を感じた。目を向けると、いさながなにか言いたそうな目でこちらを見つめている。
「――? いさなさん、どうかしました?」
「……あ、いえ、べつに」
どうしたのだろう。
「あ、わかりました。お腹が減ったんですね。コンビニでなにか買っていきますか」
「そ、そうだね」
当たりだったようだ。変な時間だが、コンビニの店員さんはそんなに気にしないだろう。たぶん。
「じゃあ、行きましょうか」
「待てよ。おまえら、なんか忘れてないか」と、凍月が児童書コーナーの窓の外、床に落ちた本を前足で指した。全部ではないが、けっこうな数の本が散らばっている。
「……片付けていこっか」と、いさながなぜかほっとしたように言う。
「勝手に突っ込んだら迷惑かもしれませんが、このままにはしておけませんね」
「賛成」
結局、片付けに明け方近くまでかかった。




