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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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夜の図書館④

「金色の髪の子はあやかしの気配があるわね。で、男の子は――」

 氷魚ひおは身体を強張らせた。なんだか、身の内を覗かれている気になる。

「普通の人間……かしら?」

 なんで微妙に疑問形なのだろう。不安になる。自分はただの人間なのに。

「この小僧は以前、夢の世界で精神を傷つけられたからな。その影響でもあるんだろうさ」

「なるほど。なんにせよ、変わった組み合わせね」

「俺たちのことはいいだろ。いまはおまえさんだよ。これ以上本を散らかすとなると、こっちも黙っちゃいられねえぜ」

「黙ってられないって、どうするの? 私を倒す?」

「武力行使は望みません。わたしは穏便に解決したいと考えています。お互いが納得できる形で」

 いさなは毅然とした態度で言った。

「――そう。でも、悪いけど、やめる気はないわ。協会の規定なんて知ったことじゃない。久しぶりに誰かに頼られたんだもの。期待には応えないと」

「まさか、鳴城中の本をひっくり返す気じゃねえだろうな」

「それも悪くないかもね」

「だったら、ここで止めるしかねえな」

「あら怖い。いまの私じゃあなたには勝てないわね。互いに全盛期には遠く及ばないにせよ」

 白い霧は、窓の方に素早く移動する。

「おい、待て!」

 凍月いてづきが追いかけるが、白い霧はふっと窓に溶けるように消えてしまった。

「いさな! 追うぞ!」

 駆けつけたいさながカーテンをのけて窓を開け、外に飛び出す。かなでと、少し遅れて氷魚も窓を乗り越えた。

 外に出たところで、氷魚はいさなと奏が固まっていることに気づいた。理由はすぐにわかった。

 暗闇の中、無数の猫たちがこちらを取り囲んでいたのだ。

 三毛猫、黒猫、ハチワレ、白猫、トラ猫、縞猫、中には血統書付きと思われる猫種もいる。飼い猫なのか、首輪をつけた猫もいた。

 猫たちは瞳を光らせて、じっとこちらを見つめている。

 異様な光景だった。猫が苦手な人なら卒倒しているに違いない。好きすぎても倒れるかもしれないが。

「なんでこんなにたくさんの猫が」

 氷魚はたじろいだ。

 猫は嫌いではないが、これだけいるとかなり怖い。猫というと春夜しゅんやと一緒にいた三毛猫を連想するが、目の前の猫たちの中にはいないようだ。

「あいつの神通力だ。近くにいる猫を呼び寄せて、意のままに操ることができる。俺たちと話している間に、ここいらの猫を呼んでいたんだろう」と、凍月が説明してくれる。

「猫の女神は伊達じゃないってことですか」

 弱っているみたいなことを言っていたが、さすがは神様だ。

「だとしたら、あたしたちがあの霧を追跡しようとしたら、この猫たちは……」

 困ったように立ち尽くしていた奏は猫の群れを見やる。

「襲いかかってくるかもな。あいつの力が完全じゃないせいか、中には気が散っているやつもいるが」

 確かに、よそ見をしていたり、のんびり毛づくろいをしている猫もいる。ちょっとかわいい。

「どうします、先輩」

 奏に問われたいさなは一瞬考え込み、

「――この子たちを蹴散らして強行突破ってわけにはいかないね。ひとまず退こうか」と言った。


 猫たちが入ってこないように窓をしっかり閉め、氷魚たちは児童書コーナーに戻った。

 時刻は真夜中の2時を過ぎている。さすがに眠くなってきた。目頭をもんだ氷魚はマットの上にあぐらをかく。奏も近くに座り込む。

「凍月、あの白い霧について知っていることを教えてくれる? 猫の女神って言ってたけど」

 立ったまま壁に背中を預けたいさなが口を開いた。

「俺もそこまで詳しいわけじゃねえが、あいつは分霊で、元を辿れば異国の神だよ。名前は……まあ、猫の女神でいいか。あいつも言ってほしくなさそうだったしな」

「その女神様が、どうして鳴城にいるんですか?」奏が尋ねる。

「昔、異国の魔術師によって持ち込まれたのさ。分霊が宿った神像と共にな。その魔術師が鳴城に来た理由は知らん。あいつは教えてくれなかった。布教目的か、偶然か。なんにせよ、魔術師は鳴城に来るなり死んじまった。だいぶ衰弱していたらしい。で、あいつだけが残されたってわけだ」

「心細かったでしょうね……」

「さてな。あいつはけっこう強かだぞ。なんせ人間たちに自分の有用性をアピールして、地域の守り神として祀らせたんだからな」

「有用性っていうと、もしかして猫を集める力ですか」

 氷魚の言葉に、凍月はうなずいた。

「そうだ。猫を集めて、鼠どもを追っ払ったのさ。ちょうど厄介な鼠が発生していてな。あいつにとっちゃタイミングがよかった」

「厄介な鼠っていうと、普通の鼠じゃなさそうですね。鉄鼠てっそとはまた違うあやかしですか」

「ああ。旧鼠きゅうそっていうバケモノ鼠だよ。長生きした動物が変化することがある経立ふったちの一種だな。旧鼠には猫の子どもを育てたり、人の娘と契ったりする話もあるが、鳴城に出たのは、人や猫を襲って喰っちまうような凶暴なやつだった。人間の大人くらいの大きさでな、手下の鼠を引き連れて、近隣を荒らしまわったんだ。鳴城に発生するあやかしは霊脈の影響か、強い力を持っていることが多い。その旧鼠も例外じゃなかった。」

 人間の大人ほどの大きさの鼠だなんて、とんでもない。猫の女神の口ぶりだと、当時は協会もなかったみたいだし、退治は大変だったのではないか。

 だが、影無かげなしはいた。あやかし退治や怪異解決のプロフェッショナルだ。

「――そうか。だから、凍月さんは猫の女神と面識があったんですね。当時の影無と共闘したんじゃないですか」氷魚は言った。

「そういうこった。あいつと、猫の協力もあって、俺たちは旧鼠の退治に成功した。人間たちは、猫の女神を祭り上げたよ。祠まで作った」

「でも、忘れ去られたんですよね」

 そう呟いたのは奏だった。なにか思うところがあるのか、膝を抱き寄せ、顔には憂いの色がある。

「喉元過ぎればだな。旧鼠の恐怖が薄れれば、人は助けてくれた神のありがたみも忘れる。第二の旧鼠は現れず、かくしてあいつは信仰を失った」

 氷魚がネットで調べた鳴城の伝承にも、猫の女神についての話はなかった。つまりはそういうことだろう。

「そしていまに至るんですね」

「だな。誰があいつの祠を見つけたのかは知らないが」

 凍月の言葉に引っかかるものを覚えたが、氷魚がそれを指摘する前にいさなが口を開いた。


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