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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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夜の図書館③

「おかえり」

 部屋に入ると、いさなとかなでが出迎えてくれた。

「どうだった?」

「いさなの体重とスリーサイズを訊かれたから、教えておいた」

 前触れもなく、凍月いてづきはとんでもない爆弾を投下した。

「凍月さんっ!?」

 氷魚ひおの声が裏返る。

「――」

 女子2人は揃って絶句した。それから、心なしか蔑みの混じった視線を氷魚に向け――

「う……ウソですウソです! 訊いてないし教えてもらってもいません!」

 焦った氷魚がぶんぶんと手を振り回すのを見て、いさなと奏は苦笑した。

「そうだよね。大丈夫。氷魚くんを信じるから」

「ですね」

「なんだよ。俺のことは信じないのか」

「時と場合による。今回は信用できない」

「わかってるじゃねえか」

 氷魚はほっと胸をなでおろした。

 どうやら、事なきを得たようだ。

「――でもさ、ひーちゃん。ホントは知りたかったり、する?」

 と、音もなくするすると近寄ってきた奏が氷魚の耳元で囁く。ぞくりとした。

 固まった氷魚を見て、身を離した奏は悪戯っぽく笑う。

「なんてね、冗談」

 最近、疑問に思う。

 どうして、あやかしや、あやかしの血が入っている人は、自分のことをからかうのだろう――


「氷魚くん、起きてる?」

 いさなの囁き声と共に肩をゆすられて、座り込んでいた氷魚は目を開けた。

「起きてます」

 交代で仮眠を取っていたのだが、いろんな意味を含んだ緊張のせいでまったく眠れなかった。

「凍月が気配を感じたの。こっち」

 いさなの後ろにくっついて、身を低くした氷魚は館内側の窓際まで移動する。そこでは奏が窓から館内の様子を窺っていた。傍らには凍月もいる。

「どう?」

「見てください、あれ」

 奏は窓の外を指さした。闇の中、白い霧みたいなものが書架の間を漂っているのが見える。わずかに発光しているのか、そこだけくっきりと輪郭があるみたいだ。

「幽霊……?」

 呟いてはみたが、以前鳴城城址で出会った姫の幽霊とは印象が全然違う。姫は生前の姿を保っていた。

「いや、違う。こいつは……」

 凍月が氷魚の呟きを否定する。やはり、正体に確信があるような口ぶりだった。

「いままでのも、あれが犯人っぽいですね」

 白い霧が移動するたびに、バサバサという音がする。暗くてよくわからないが、どうやら、本を書架から落としているらしい。夜目が利く奏や凍月にははっきり見えているのだろう。

「先輩」

「うん、出るよ」

 ペンライトを持ったいさなは児童書コーナーを飛び出した。奏と氷魚も後に続く。

「止まって。協会の者です」

 いさなは白い霧に向けて鋭く言った。相手を刺激しないためか、刀は呼び出していない。

 白い霧はぴたりと動きを止めた。いさなの声に反応したのだろうか。

「――協会?」

 白い霧から言葉が聞こえた。女性の声だった。

「そうです。見たところ霊体のようですが、あなたは何者ですか」

「協会だかなんだか知らないけど、あなたに名乗る必要は無い――って、懐かしい気配がするわね」

「よお。久しぶりだな。猫の女神さんよ」

 いさなの足元を抜けて、前に進み出た凍月が言った。

「やっぱり、凍月か。元気そうね」

 白い霧の言葉が柔らかさを帯びる。旧友に再会したような口調だ。

「凍月、知り合い?」いさなが尋ねる。

「昔馴染みだ。こいつは異国の神だよ。猫の女神で、名は」「やめて。私はただの分霊。この地の人間には名前すら忘れ去られたの」

 白い霧は、嫌そうに凍月の言葉を遮った。凍月とは顔見知りで間違いないようだ。

 それにしても、猫の女神とは。

 あやかしがいるのだから、神様が本当にいたってなにもおかしくない。理屈ではわかるのだが、新しい驚きがあった。

「――わかったよ。で、おまえは一体全体どうして本をぶちまけて回ってるんだ。棚の上から物を落とす猫じゃあるまいし、理由があるんだろ」

「頼まれたからよ」

「頼まれた?」

「そうよ。あの子は私の像をきれいにしてくれたの。だから、お礼に願いをかなえることにした」

「本をぶちまけることが?」

「正確には『世界から本をなくして』だったけど、私のいまの力じゃ無理だからね。これが精いっぱい」

 ということは、力があったのなら、小学校の図書室や豊園堂、そして図書館の本そのものを消し去っていたのだろうか。

『彼女』に願いをしたのが誰かはわからないが、だいぶ無茶な願いだ。

「なんだよ、その願い」

 凍月は呆れたように言う。

「さあね。なにか書物を嫌いになる理由でもあったんじゃない?」

「おまえ、この地では信仰を失ってたよな。なのに、人の願いを叶えるのか」

「捨てる神あれば拾う神あり、でしょ。自分で言ってて虚しくなるけどね」

 自嘲気味に言って、白い霧――猫の女神はわずかに震える。笑ったのかもしれない。

 凍月はゆるく首を振った。

「事情は大体わかったが、おまえのしてることは協会の規定に反する。あやかしを含む人外はむやみに怪異を起こしてはならないってな」

「なにそれ。協会もだけど、規定? 私がうたた寝している間に、そんなものができたの?」

「人と人以外がうまくやっていくためには、お互い手を取り合わなきゃいかんのさ。あやかし側の大物も賛同してるぜ」

「凍月、あなたはそれでいいの?」

「良いも悪いも、俺に選択肢はねえよ」

「……そうだったね。あなたは昔っから人と共にあった。影無だっけ。そっちの子が今代?」

「ああ」

遠見塚とおみづかいさなです」

 神様を前にしてもいさなは動じなかった。きれいな所作で頭を下げる。さすがだ。

「ふうん。他の子たちは、と」

 目はなくとも、猫の女神がこちらに意識を向けたのを感じる。


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