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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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氷魚の長い1日⑥

 時刻は夜の11時半。家族が寝静まったのを見計らって、氷魚ひおはこっそり家を出た。

 こんな時間に1人で家を出るのは初めてだ。しかも家族に黙って。

 罪悪感と高揚感が入り混じって、なんだか胸の奥がむずむずする。

 日中降っていた雨は夜になってもやまなかった。雨だと夜の闇が一層濃い気がする。

 傘をさし、鳴城なるしろ城址に向かう。自転車を使うことも考えたが、傘さし運転で事故ったら洒落にならないので控えた。下手したら停学だ。

 家を出て、大体15分くらいで城址じょうし大手門おおてもん前に到着した。門の前では、青い傘をさしたいさなが待っていた。さすがに今晩は制服ではなく、動きやすそうな服装だ。半袖から覗く腕の白さが夜の闇の中で眩しい。見たところ、刀は持っていない。長い髪を後ろでひとまとめにしている。そのせいか、いつもより大人っぽく見えた。

「0時集合って言ったのに、早いね」

「いさなさんこそ」

「それじゃあ、行きましょうか」

 いさなはポケットから小型の懐中電灯を取り出し、スイッチを入れた。小型だが、アウトドア用なのか思ったよりも強力な光が闇を追い払う。心強い。いさなが最初に門を潜り、氷魚も後に続いた、

陣屋じんやさんが遭遇した時間より遅いけど、雨夜っていう条件は同じね」

 歩きながらいさなは言う。氷魚は隣に並んで、「本当に出るんでしょうか」と尋ねた。

「氷魚くんは、鎧武者に会ってみたい?」

「こうして調査に来ている以上、出てくれないと困りますが、出られても怖いのでできれば会いたくないです」

「正直ね」

「いさなさんは、会いたいんですか」

「どうかな」といさなは意味ありげに笑う。

「話ができるのならば、してみたいとは思うけどね」

「話が通じる相手だといいですね」

 陣屋の話では襲いかかってくる様子はなかったそうだが、どうだろうか。

「そうね。話し合いで済むのなら、力にものをいわせるよりずっといい」

 そう言ったいさなの横顔は、どこか寂しそうだった。なにか思うところがあるのかもしれない。

 雑貨屋を通り過ぎ、問題の砂利道に差し掛かった。

 氷魚も時々気まぐれで登下校の際に通る道だが、葉を落とした桜の木と石灯籠いしどうろうが並ぶ砂利道は、夜見ると不気味この上ない。ホラー映画の中に迷い込んだような気分になる。

 近道とはいえ、陣屋はよくこんなところを通る気になったなと思う。今はいさなと一緒だからまだいいが、1人だったらと思うとぞっとする。

「この辺りでいいかな」

 砂利道の中ほどまで来たところで、いさなは足を止めた。何かある、もしくはいるのか。氷魚は身構える。

 濃密な夜の気配はあるが、それだけだ。自分が鈍いせいもあるだろうが、なにも感じない。

「いさなさんって、見えるんですか?」

霊視れいしのこと? だったら、見えないわね。そういう力はわたしにはない」

 予想外だった。いさなは『見える』人なのだと、勝手に思い込んでいた。

「じゃあ、何かを感じたりとかは」

「それもできない。今ここにこうして立っていても、なにもわからないわ」

「でも、おれやクラスメイトにまとわりついていた猿夢の魔力には気づいたんですよね」

「――実を言うと、あれは教えてもらったの」

 いさなが答えるまで、わずかな間があった。

「教えてもらったって、誰に?」

 氷魚が尋ねると、いさなはゆっくりと、氷魚に向き直った。

「もしかして、夢の中でも言っていた協力者、ですか」

 重ねて、氷魚は問いかける。

 なにかをためらう素振りを見せ、しかしそれも一瞬のことで、いさなは覚悟を決めた顔になる。

「――本当は、キョーカイ部に入ってもらう前に言うべきだった。でも」

 怖かった、といさなは消え入りそうな声で呟いた。

「怖い?」

「勇気が出せなかったの。氷魚くんはわたしを信じるって言ってくれたけど、今度こそ怯えて、離れてしまうんじゃないかって思うと、言い出せなかった」

 ――あのヒトには気をつけた方がいい。

 昼間の葉山の言葉が頭をよぎる。

「氷魚くんには、聞かないという選択肢もある。踵を返してこの場を立ち去り、部活を辞めれば、きみはこれから怪異と無縁の生活を送れるかもしれない。引っ張り込んだわたしが言うのもなんだけど、そっちの方が、氷魚くんにとって幸せかもしれない」

 誰に何を言われようと、氷魚のいさなに対する態度は一貫して変わらない。

 信じると決めたのだ。決して曲げるつもりはない。だから氷魚はこう言った。

「おれはいさなさんを信じます」

 氷魚の言葉を聞いたいさなは、泣き笑いのような顔になった。

「わたしはずるい。氷魚くんならそう言ってくれると期待していた」

「ずるくなんてないです。言ってほしい言葉があるのは、みんな同じです」

 期待していた言葉を、期待していた瞬間に言ってもらう。それがどんなに嬉しいことか、氷魚はよく知っていた。

「ありがとう。勇気が出た」

「聞かせてくれますか」

 いさなはこくりとうなずき、自分の胸に手を当てた。


「――わたしの中には化物がいるの」


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