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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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街の書店を守って

 翌日の放課後、文化祭の準備を進めた氷魚ひおかなでは、帰る前にキョーカイ部の部室に顔を出した。先日の事件について話そうと思ったのだ。

「2人とも、ちょうどよかった。そろそろ呼びに行こうと思ってたの」

 ドアを開けると、椅子に座って資料を読んでいたいさなが顔を上げた。

 すでに帰ったのか、星山ほしやまの姿はない。もしかしたら、いさなは氷魚たちの準備が終わるまで待っていてくれたのかもしれないと思う。

「事件に進展があったんですか」

 氷魚が言うと、いさなは悔しそうにうなずいた。

「今度は『豊園堂ほうえんどう』がやられた」

「豊園堂って、商店街にある書店ですよね」と奏が言う。

「そう。小学校の図書室みたいに荒らされたの。数日は営業できないみたい」

「……ひどいですね」

 豊園堂は昔からある書店だ。氷魚も時々利用している。

 ネット書店に押されがちな昨今、街の書店は苦境が続いていると新聞で読んだことがある。数日でもお店を開けられないのは痛手だろう。落下で痛んで売れなくなった本もあるに違いない。

「同一の怪異でしょうか」

「手口もそっくりだし、ひとまずはそうだと仮定するわ」

「芝宮小学校がある場所に関わる怪異かと思ったんだが、どうも違うみたいだ。あの辺にゃ大した伝承はなかった」

 姿を現した凍月いてづきが、机の上に飛び乗った。

「おれが小学生のときは、裏門に入ってすぐのところにある二宮金次郎像が動くっていう話がありましたけど」

「どこの学校にでもありそうな話だな。二宮金次郎像や理科室の人体模型は動くもんだし、音楽室のベートーベンは血の涙を流すのさ」

「中には本物もあるけどね。学校っていうのは怪異が起きやすいから」いさなが言う。

「やっぱり、人が多いからですか。いつか話してくれた、人工心霊スポットみたいなことが起きるとか」

「そんなところ。そうそう、学校にまつわる怪異と言えば――」

 まずい。このままではいさなの怪異語り独演会が始まってしまう。

「――話を元に戻すと、今回の件、鍵は本でしょうか」

「学校の図書室の次は街の本屋。今のところ、共通点は本ぐらいしかねえな」

 氷魚の強引な軌道修正に、凍月がうなずく。

 傍らでいさなが不満そうにしているが、いまは我慢してもらおう。

「今回の怪異は、本に何かしらの執着があるとか?」

「かもな」

 いくつかの怪奇現象に関わって知ったのだが、怪異にも理由がある。人為的に引き起こされたものだったり、あやかしの仕業だったり――。

 今回の怪異も、なにか、きっかけとなるものがあったはずだ。

「ありそうなのは怨恨だと思うんですけど、どうもしっくりこないんですよね。荒らすだけで、本を破ったりしていないから。でも、ただの悪戯っていうのも違う気がします」

「そうだよね」

 いさなも氷魚と同じ考えだったらしい。

「――『彼』が関わっている可能性は?」

 春夜しゅんやの顔を思い浮かべながら、氷魚は言った。いさなの胸中を思うとできれば口にしたくないが、鳴城で怪異が起きたのなら、彼の介入は疑わなくてはいけない。

 どういうつもりかわからないが、いさなのいとこの春夜は、ここ最近鳴城で発生したいくつかの怪異に関わっているのだ。氷魚も猿夢で被害にあった。

「なんとも言えない」

 心中複雑だと思うが、いさなは表情を変えなかった。

「これから調査に向かいますか?」

 奏が言うと、いさなは申し訳なさそうに、

「……実は、もう行ってきたの」

「――え?」

 きょとんとした奏は、すぐになにかを察したような顔になる。

「……先輩。あたし、やっぱり足手まといですか?」

「それは絶対に違う」

 いさなは首を横に振り、それから肩を落とした。

「……ごめんなさい。声をかけようとは思ったんだけど」

「こいつ、おまえたちの教室を覗いてな。おまえたちが楽しそうだったから、声をかけられなかったんだよ」

「ちょ、凍月!」

 いさなは慌てたように凍月の口をふさごうとした。しかし、凍月は軽やかに身を躱し、氷魚の肩に跳び乗る。

「昔っから、そういうとこは変わらんよな」

「……わかってるよ」いさなはきまり悪そうに目を逸らした。

「――そうだったんですね」

 昔というのがいつからかはわからない。

 けど、氷魚にはいさなの気持ちがわかる気がした。

 自分は、楽しそうにしている人たちの輪を遠くから見ている側だからだ。

 輪に加わりたいと思わなくもないが、見ているだけで氷魚は満足する。

 氷魚は、それでいいと思う。

 

 でも、いさなは、きっと――。


「言われてみれば、盛り上がってたね」奏が言って、氷魚は物思いを中断する。

 皆が着るコスチュームも決まり、次はメニューをどうするかの話し合いが白熱していたのだ。

 オムライスが特に支持を集めていた。ケチャップでハートを描くやつである。しかしそれではありきたりではという声もあり、なかなか決まりそうにない。

「とにかく、豊園堂も芝宮小学校と似たような状況だったの。外部からの侵入の形跡はなし」いさなは仕切り直すように言った。

「防犯カメラは?」

「ダミーしかつけてなかったって」

「なるほど……」

 あまり気にしたことはなかったが、防犯カメラの費用も馬鹿にならないのだろう。

「2日続けての犯行か。これから、どうします? 先手を打ちたいですよね」

「それなんだけど」

 奏に問われたいさなは、机の上に鳴城の地図を広げた。芝宮小学校周辺の拡大コピーだ。

「怪異が本を狙っているのなら、次はどこを目標にすると思う?」

 氷魚と奏は考え込んだ。

 芝宮小学校と豊園堂は位置的にさほど離れていない。

 今回の怪異に拠点があるかどうかは不明だが、いきなり遠距離を狙うとは考えにくいのではないか。

 とすると、事件が起きた2か所からほど近く、かつ本がたくさんある場所は――。

 氷魚と奏はほぼ同時に地図のとある一点を指さす。

「ここ、でしょうか」「鳴城市立図書館」

 本の量ならば、鳴城で一番だろう。

「うん。わたしもそう思う」

「発生頻度を考えると、今晩にでも出現するかもしれませんね。張りこみますか?」

 奏は刑事みたいなことを言った。そういえば、あんパン片手に張りこむ刑事は、最近の映画やドラマでは見なくなったなと思う。

「そのつもり。だから、市の許可を取ったよ。今夜は図書館に泊まりこむ」

 氷魚は思わず奏と顔を見合わせた。行動が早い。

「それって――」

「俺といさなだけでも問題はねえよ。交互に寝りゃいいだけだからな。そうだろ、いさな」

 凍月は、どこか試すような口調で言った。

 いさなは氷魚の肩に乗った凍月をちらりと見やり、咳払いをする。

「――そうなんだけど、できれば、氷魚くんと弓張さんも来てくれると嬉しい」

 奏は顔を輝かせた。

「あたしは行きます。耀太ようたくんも、そろそろ一晩くらいは1人でも大丈夫だろうし。ひーちゃんは?」

「おれも参加したいです」

 もし、怪異を起こしているのが汚れたものだったとしたら、役に立てるはずだ。

「おうちの方にはどう説明する?」

 いさなに問われ、氷魚は考え込む。

「――文化祭の準備を口実に友達の家に泊まりこむ、とか」

 以前は数少ない友人の尾名池やないけに口裏を合わせてもらった。

 しかし、今回はそれだと問題がある。クラスが違う尾名池の家を隠れ蓑に使うことができないのだ。

「だったら、前みたいに遠見塚とおみづかの家に泊まることにしたらいいよ。弓張さんも一緒って説明すれば問題ないでしょ」

 思わぬいさなの助け舟だった。実際に泊まるわけではないにせよ、さすがにこちらからは言い出せない。

「いいんですか? 助かります」

 文化祭の準備期間なのは事実だし、家族にも勘ぐられないだろう。たぶん。

「よし。じゃあ、決まりね」

 いさなは、どこかほっとしたように微笑んだ。

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