チャーチ
小学校の図書室が荒らされたのは、自分が祠にあんなお願いをしたからなのだろうか。
本がなくなりますように、だなんて。
帰宅した仁菜は、自室の机で頬杖をついてぼんやりとしていた。読書感想文も手につかないし、好きな動物動画を見る気にもならない。
――本が大事にされないと、悲しい。
今日の放課後に出会った、きれいで不思議なおねえさんの言葉が胸に引っかかっている。
仁菜は深く考えずに、読書感想文が面倒だから本がなくなればいいと願ってしまった。
でも、世の中には、本が好きな人もいるのだ。あのおねえさんみたいに。
冗談交じりだったにせよ、自分の願いは、そんな人たちの気持ちを踏みにじるようなものではなかったか。
ため息をつく。
それにしても、一体誰が、どうやって図書室を荒らしたのだろう。夜は機械警備が入るから、人間が入り込むことはできないはずだ。以前、鼠で作動して騒ぎになったのを覚えている。
だったら――
人間じゃ、ない?
自分の想像に怖くなり、身震いをする。
不意にがちゃりという音がして、仁菜は飛び上がりそうになった。
部屋の入り口に頭を向ける。ドアの隙間を前脚で開けて、飼い猫のチャーチが入ってきた。
「チャーチか。びっくりさせないでよ」
家族の動作を見よう見まねで覚えたようで、チャーチは飛びついてドアレバーを下げ、ドアを開けることができるのだ。いつからできるようになったのかは知らない。
少なくとも、仁菜が物心つくころにはすでにチャーチはドアを開けることができた。
父は喜んで動画を撮ってネットに投稿したらしいが、世間的には特に珍しくないようで、さほど反響はなかった。どうせなら、テレビで紹介されるくらい話題になったらよかったのに。
もっとも、チャーチのかわいらしさに変わりはない。
「チャーチがあたしの部屋に来るなんて珍しいね」
仁菜はチャーチを抱き上げた。長毛種で大型のチャーチは、腕の中でずしりと重い。
チャーチはメインクーンという種類の猫だ。ひょっとしたらチワワより大きいかもしれない。なにせ体重が8キロあるのだ。威厳と貫禄がある。その辺を歩いているだけで王様みたいに見える。
父曰く、チャーチは古強者とのことだ。どういう意味なのと訊いたら、猫生のベテランという言葉が返ってきた。
よくわからないが、13歳のチャーチは長生きということだろうか。人間で言うならもうおじいちゃんだ。
世の中には20歳を超える長生きの猫がいるという。チャーチも健康で長生きしてほしい。
チャーチに顔を近づけると、お日様の匂いがした。
抱っこがきらいなチャーチはもぞもぞと動き回ると、仁菜の腕の中からするりと滑り出る。
だが、部屋を出ていく気配はない。じっと仁菜を見上げている。
「どうしたの?」
かがみこんだ仁菜は首をかしげる。
仁菜の膝に前足をかけ、身体を伸ばしたチャーチはそっと鼻面を仁菜の頬に寄せた。湿った鼻はあったかくて、くすぐったい。
「もしかして、心配してくれてる?」
仁菜が生まれたときから家にいるチャーチは、仁菜を一番下っ端と見ているフシがある。3歳上の姉や両親には甘えるのに、仁菜には大抵冷たいのだ。
だけど、時折、こんなふうにやさしさを見せてくれるときがある。
喉を撫でようとしたら、うっとうしそうに前足で押しのけられた。そうしてぷいと顔を背け、チャーチは部屋を出ていってしまう。
「なんなの……」
やさしくしてくれたと思ったらこれだ。
本当、猫は気まぐれだ。




