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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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僕の図書室を守って③

 教員は多忙だと聞く。加えて怪しげな事件の対処など、とてもやっていられないだろう。

「――いいよ、凍月いてづき

 いさなが声をかけると、影が怪しく蠢き、凍月が姿を現した。

「よし、出番だな」

 机の上に飛び乗った凍月は、鼻をひくひくと動かす。

 凍月の外見は犬と猫が混じったような姿で、仕草がやっぱり猫みたいだよなぁと思う。本人に言うと怒るので、口にはできない。

「妖気の残り香……? いや、これは……」

 凍月は首を傾げた。なにか考え込んでいるようだ。

氷魚ひおくんは?」

 いさなに問われ、氷魚は胸をさすった。

「なにも感じません」

 初夏に起きた猿夢事件の後遺症で、氷魚は近くに汚れたものがいると胸が痛む体質になった。日常生活には支障がないので、特に問題とは思っていない。それどころか、危険を察知できたりもするので、ちょっと便利だと考えている。

「妖気らしきものが残っていたってことは、やっぱりあやかしかな。弓張ゆみはりさんはどう思う?」

「本を荒らすっていうと、鉄鼠てっそが思い浮かぶんですが、鳴城には鉄鼠伝説なんてありませんよね」

「そうだね。それに、先生の言う通りなら、傷つけられた本はなかった」

「そもそも、鉄鼠は人間がありがたがる経典を狙うだろ。なんで小学校の図書室を荒らすんだよ」

「――あの、鉄鼠って名前だけは聞いたことがあるんですが、どんなあやかしなんですか? 鼠なんですよね」

 3人は鉄鼠について知っている前提で話しているが、氷魚にはそのあやかしの知識がない。

 あやかしについては時間を見つけてネットや本で調べているが、数が多すぎてなかなか把握ができないのだ。

「元は頼豪阿闍梨らいごうあじゃりっていう、平安時代のえらい坊さんだよ。時の天皇に皇子誕生の祈祷を頼まれて、無事に皇子が生まれたんだが、天皇はなんでも褒美を与えるっていう約束を反故にした。で、恨みに思った頼豪は断食行の末に死んだ。その後、鉄の牙を持つ大鼠へと転じたのさ。鉄鼠は手下の鼠を引き連れ、経典を食い破って回ったそうだ。後に鼠の秀倉と呼ばれることになる社に神として祀られて、ようやく鎮まったらしい。――だいぶ省略したが、ざっとこんな感じだな」と、凍月が説明してくれる。

 憤死してあやかしになるとは、よほど腹に据えかねたのだろう。恨みの大きさがうかがえる。

「ありがとうございます。だからさっき、いさなさんは先生に本が破られていないか聞いたんですね」

「そういうこと。でも、破かれた本はなかった」

「鉄鼠じゃない、と考えるのが無難だな。まあ、先入観は禁物だが。この間の置いてけ堀みたいな例もあるしな」

 あれは、耀太ようたが本家の置いてけ堀を模して起こしていた事件だった。

「それにしても、一体どんな怪異が、どんな目的で本を散らかしたんでしょうか」

 氷魚が言うと、いさなは人差し指を立ててくるくると回す。

「部屋の中を調べてみようか。キョーカイ部らしくね」

 長すぎて大抵略称で呼んでいるが、氷魚たちが所属している部活の正式名称は『郷土部兼怪異探求部』という。その名の通り、怪異を探求する部活だ。なお、郷土部要素は主に部長の星山ほしやまが担っている。

「そうですね」

 というわけで、図書室の調査が始まった。

 といっても小学校の図書室なので、さほど広くない。せいぜいクラス2つ分くらいだろうか。

 机の下や本棚の隙間を覗き込んでみたが、これといったものは見つからない。

 手分けしたこともあって、10分程度で調べる場所はなくなってしまった。

 氷魚たちは再び集合する。

「どう? なにか気づいた点はある?」

 いさなの問いに、氷魚は挙手した。

「足跡や手形は見つからないし、ポルターガイスト的な怪異――家鳴りはどうですか。弓張さんもちらっと言ってましたけど」

「可能性は薄いんじゃねえか。机も本棚も動いた跡がないからな」

「そういえば、先生も異常はなかったって言ってましたね。家鳴りだったら、家具も動かすか……」

「本だけを散らかす家鳴りとか」とかなでが言う。

「まどろっこしいな。わざわざ本棚から本だけ抜いてぶん投げるのか? それこそ、目的がわからんぞ」

 ああだこうだと話し合っていると、ドアが控えめにノックされる音が響いた。宇田川だろうか。

「おっと。俺は引っ込むぜ」

 凍月が瞬時にいさなの影に戻る。

「――どうぞ」いさなが余所行きの声を出す。

「失礼します」

 ドアを開けたのは耀太だった。深緑色のランドセルを背負っている。

「耀太くん、残ってたの?」

「ええ。まだ読書感想文が終わってないんです。でも、下校の時間になってしまって。それで、宇田川先生がここに奏さんたちがいるって教えてくれたんです」

「もうそんな時間か」奏は腕時計を見て呟く。

「今日のところは引き上げましょうか。時間的にこれ以上は学校側に迷惑だろうし」

 言って、いさなは鞄を手に取った。

「わかりました」

 全員で廊下に出て図書室のドアを閉める。

「そうだ。耀太くん、夕飯の材料を買って帰ろうか。なに食べたい?」

「今日は『マルオー』でひき肉が安いですよ」

「いいね。ハンバーグでも作ろっか」

「僕はロールキャベツを作りたいです」

「う……。じゃあ、任せる」

 もうすっかり2人は家族だなと思う。

 奏と耀太の後に続き、氷魚といさなは廊下を歩く。

「あれ、大野さん。どうしたの?」

 ふいに、足を止めた耀太が言った。

 耀太の目線の先、廊下の角に、こちらを窺うように立っている少女の姿があった。くりっとした目の少女はおずおずと口を開く。

「……あ、その、図書室、どうなったのかなって」

 奏は少女と耀太を交互に見やった。

「耀太くんのお友達?」

「クラスメイトの大野仁菜さんです」

「そっか。はじめまして。耀太くんの姉の奏です」

 奏が笑いかけると、仁菜は宇田川同様に何度か目を瞬かせた。それから、ぼそりと、

「……はじめまして」

「大野さん、図書室が気になるの?」

「……べつに」

 耀太が尋ねても、仁菜は困ったようにもじもじしているばかりだ。なにか言いたいことがあるのだろうか。

 見知らぬ男子高校生の自分が話しかけても、警戒を強めるだけだと思う。

 氷魚がどうしたものかと悩んでいると、いさなが前に進み出た。かがみこみ、仁菜と目線を合わせる。

「仁菜さんは、本が好き?」

 いさなの問いに、仁菜は首を横に振った。

「そうなんだ。どうして?」

「字がいっぱいで、読みにくいから」

「慣れないうちはそうかもね。でも、慣れると、本って面白いよ」

「そうなの?」

「うん。知らない世界をいっぱい教えてくれるからね」

「知らない世界……。おねえさんは、本が好きなの?」

「好きだよ。だから、本が大事にされないと、悲しい」

「あ……」

 仁菜ははっとしたような顔になり、うつむいてしまった。どうしたのだろうか。

「仁菜さん。もしかして、図書室で起こったことについて、なにか知ってるの?」

 いさながやさしい声で尋ねる。仁菜は激しく首を横に振った。

「知らない!」

 いさなの後ろで、氷魚は奏と顔を見合わせた。仁菜は、明らかになにかを隠している。

 しかし、いさなはそれ以上追及しようとしなかった。

「――わかった。じゃあ、わたしたちは行くね」

 そう言って、職員室の方に歩き出す。いいのかなと思いつつも、氷魚も後に続こうとした。

「待って」と、いさなの背中に仁菜が声をかけた。

「――?」

 いさなは振り向く。

「おねえさん、警察じゃないよね。ドラマに出てくるような探偵なの?」

「――謎を解いて事件を解決するっていう意味なら、似たような感じかな。わたしたちは、仁菜さんの学校の図書室が荒らされた原因を調べているの」

「……そうなんだ」

「もし、事件について気づいたことがあったら、耀太くんに言ってくれると助かるな」

「……うん」

 控えめに、仁菜はうなずいた。それから踵を返し、昇降口に向かって足早に歩いていく。水色のランドセルを背負っていた。

「このまま行かせちまっていいのか。犯人ってわけじゃねえだろうが、事件についての情報を持ってそうだぞ」

 凍月が小声で言う。

「いまはいいよ。話したくなさそうだったし、無理に聞き出すのも悪いでしょ」

「おやさしいこったな」

「相手は小さな女の子だよ。年上がやさしくしなくてどうするの」

「はっ、おねえさんぶりやがって」

「いいでしょ、別に。――さて、わたしは遠見塚とおみづかの家で地域の文献を調べてみるよ。それじゃあ、今日は解散ね」

 今のところ、自分にできることはあまりなさそうだ。とりあえず、帰ったらネットで鳴城の伝承とかを調べてみようと氷魚は思う。

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