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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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僕の図書室を守って②

 コンビニで購入したアメリカンドッグやからあげ棒をぺろりと平らげ、元気を取り戻したいさなを先頭に、氷魚ひおかなでは市立芝宮小学校にやってきた。

「まさか、またすぐにここに来るとは思いませんでしたよ」

 少し前、耀太ようたの運動会のときだ。氷魚といさなは、奏に誘われて、一緒に応援に来たのだった。耀太がうれしそうにしていたのが印象に残っている。耀太はどの種目でも大活躍だった。

「ここって、氷魚くんの母校だよね」

「そうです。いさなさんは、実家の位置的に桜谷さくらだにですか」

 鳴城にはいくつかの市立小学校がある。桜谷もその1つだ。

 中学に入ったばかりの時には各小学校出身者で微妙な派閥ができていたなと懐かしく思う。

「うん、そうだよ」

「小学生時代の先輩も、きっとかわいかったんでしょうね」と奏が言った。

「いいや、全然。かわいげのかの字もない子どもだったぞ。不愛想この上なかった」

 応えたのはいさなの影だ。あやかし、凍月いてづきである。

「認める」

 いさなは苦笑し、「まずは事務室に行こうか」と歩き出した。

 かわいげがないと凍月は言ったが、きっと、いさなは同年代の小学生より遥かに大人びていたに違いない。

 親しい人の死を経験し、影無かげなしという特殊な役目についたいさなは、必然的に子どもではいられなくなったのだと思う。

 昇降口のすぐ横にある事務室の窓口でいさなが名前を出すと、事務員は3人分の入校許可証を渡してくれた。ストラップ付きのカードケースに入れて、首から下げる。

 来校者用のスリッパに履き替え、校内の廊下へと上がった。案内の先生が来るから少し待っていてくださいとのことだ。

 氷魚はきょろきょろと辺りを見渡す。校内に入るのは小学生以来だ。

 変わってないなと思う一方で、下駄箱なんかは低く見える。ちょっとした巨人気分だった。

 まだ校内に残っている児童たちが、物珍しそうに制服姿の氷魚たちを眺めていく。

 その度に奏が愛想よく手を振るが、反応はイマイチだ。中には奏に気づいてすらいない子もいる。

弓張ゆみはりさんが眼鏡を取ったら、みんなびっくりするだろうね」氷魚は言った。

 諸々の事情があり、外を出歩く際、奏は、気配を薄くする効果がある眼鏡をかけているのだ。現在は活動休止中だが、有名女優は色々大変だと思う。

「どうかな。小さい子は、あたしのことを知らないかも」

「蝉のまねをすりゃ一発だぜ」

 いさなの影の中から、凍月がからかうような声を出した。

「引っ張りますねー。それこそ大昔じゃないですか」

 凍月が言っているのは、奏が昔出演していたCMのことだ。幼い奏は蝉の着ぐるみを着て、カナカナ言っていたのだ。カナカナという彼女の愛称はそのCMから来ている。

「お待たせしました。鳴城高校の遠見塚とおみづかさんですね」

 そんなことを話していると、声がかかった。目を向けると、やさしそうな女性が立っている。見覚えがある女性だった。耀太の担任の先生だ。

「はい。今日はよろしくお願いします」

 いさなが頭を下げた。奏が続き、氷魚も慌てて頭を下げる。

「教員の宇田川うだがわです。こちらこそ、お願いします。――あれ、あなた方、どこかで」

「耀太くんがお世話になっています」

 奏が微笑んで言うと、宇田川は何度か目を瞬かせた。

「……あ、運動会のときの。弓張くんのお姉さんとお友達、でしたね。すみません、すぐに気づかなくて」

「いえいえ、お気になさらず。あのときはほとんど話せませんでしたし」と奏は手を振る。

「では、宇田川先生。早速ですが、図書室に案内していただいてもいいですか」

 お仕事モードに入ったいさなは、惚れ惚れするほどかっこいい。さっきコンビニのホットスナックを幸せそうに頬張っていた女の子と同一人物なのだから驚く。

「――はい、こちらです」

 こちらの正体については訊くなと校長か誰かに言い含められているのか、顔に疑問の色を浮かべつつも、特に質問することはせず宇田川は先頭に立って歩き出した。

 怪しい高校生たちだと思っているのが、その背中から伝わってくる。

 もっとも、仮にこちらの正体を正直に話したとしても、信じてはくれまい。

 高校生ながら、人とあやかしとの秩序を密かに守る『協会』とやらの構成員であるいさなと奏。氷魚はその協力者だ。

 氷魚自身も、自分が渦中に身を置いていなければ、到底信じられないと思う。

 だが、事実なのだ。

 この世界には怪異やあやかしが、確かに存在している。汚れたものと呼ばれる、得体の知れない怪物も。

「ここです。ある程度は片付けましたが……」

 宇田川が『立ち入り禁止』という張り紙がされた図書室の引き戸を開ける。

 途端、古い本の匂いが鼻をくすぐった。

 まず目についたのが、空っぽの本棚だった。

 きちんと本棚に収まっていたはずの本は、いくつかの山に分けられて部屋の隅に積み上げられている。全部元に戻すのは大変そうだ。

「本は部屋中に散らばっていたんですか?」

 いさなの問いに、その時の状況を思い出したのか、宇田川は顔をこわばらせた。

「はい。今朝、戸を開けたら、室内はひどい有様でした。まるで台風が通り過ぎた後みたいで」

「散らばった本は、破かれたりしてましたか?」

「いいえ。古い本の中には落ちた衝撃でページがばらけてしまった物はありましたが、意図的に破かれた様子の物はなかったです」

「本の被害が最小限だったのはまだ救いがありますね。――本棚や机に異常は? 動かされていたとか、倒れていたとか」

「ありません。本だけです」

「なるほど」

 いさなは顎に手を当てる。

「不審者が侵入して荒らしたのかと思ったんですが……」宇田川が不安そうに言う。

「警備システムが反応した形跡はなかったんですね。警察も取り合ってくれなかったのでは?」

 最近の学校はどこも機械警備を入れている。夜間に人間が侵入しようとすれば、契約している警備会社の警備員がすっ飛んでくるだろう。

「そうです。どうしてわかったんですか?」

 いさなの言葉を聞いた宇田川は、目を丸くした。

生業なりわいですので」

「生業? でも、遠見塚さんは高校生ですよね?」

 それには答えず、いさなはにっこりと笑ってみせた。

「あとはわたしたちで調べます。先生はお仕事に戻っていただいて大丈夫ですよ。案内、ありがとうございました。帰るときは声をかけますね」

「……わかりました。では、よろしくお願いします」

 何ひとつ納得していない様子の宇田川だったが、仕事が忙しいのか、図書室を出ていった。


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