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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ㉒

 まだ間に合う。止めるべきか、どうか。

 氷魚ひおはいさなに目配せするが、いさなはゆるく首を横に振った。

「あたしは、人間じゃないの」

 そして、まったく、何の気負いも無しに、かなでは自分の正体をばらした。

「――は?」

 中条なかじょうは口をぽかんと開けた。当然の反応だと氷魚は思う。クラスメイトが、自分は人間ではないと言い出したとして、誰がすぐに信じられるだろうか。

「父親の弓張徹は、もちろん人間。でも、母親がヴァンパイア――吸血鬼なんだ。で、あたしは人と吸血鬼の子で、ダンピールっていうの。いわゆる半妖だね」

 奏は淡々と説明を続ける。

「弓張さん、もしかしなくても、わたしをからかってる?」

 中条の顔には、怒りがにじんでいた。奏はまるで動じない。

「中条さんは、怪異をもう信じてるよね。世の中には不可思議な現象、物事が存在してるって、知ったよね」

「……それは、まあ」

「だったら、吸血鬼が本当にいてもおかしくないとは思わない?」

「そ、そうかもしれないけど、そんなの……」

 怒りの色はすぐに霧散し、戸惑いに取って代わる。

「すぐには信じられない?」

 中条は無言でうなずく。

「だよね。でも、嫌でも信じると思うよ。あたしはひとの血は吸わないけど、魔力――精気を吸うことができるんだ」

 奏は首の包帯をほどき、身をよじって首筋を中条に見せた。

「……っ」

 中条は息を呑む。

 氷魚の視界にも飛び込んできた奏の首筋には、鋭い刃物でつけられたような傷跡が横一文字に走っていた。鎌鼬かまいたちの刃でつけられた傷で間違いない。

「そこで償いの話になるの。中条さんの精気を少しだけ分けてもらえれば、これくらいの傷はあっという間に治るんだけど、どうかな?」

 言って、奏は人差し指で首の傷を叩いてみせた。

 奏はまったくの自然体で話しているのに、奇妙な迫力があった。芝居ではない。奏に流れるあやかしの血が醸し出す迫力なのだと、氷魚は思う。

 目の前にいるのは、紛れもないダンピールなのだ。幻想世界の住人ではない。現実に生きる、ダンピールだ。

「そ……そ、の、わたし」

 中条が目を泳がせて、助けを求めるようにいさなを見る。いさなは無言だった。中条に決断を任せるつもりなのだろう。

 奏がダンピールだというのが受け入れがたくても、迫力は本物だ。中条が怖がるのも無理はない。

 中条の怯えた様子を見て、奏はおどけたように笑った。

「なんてね。冗談だよ。怖がら」

 怖がらせてごめん。奏はそう言おうとしたのかもしれない。しかし、言えなかった。

 中条が髪をかきわけ、首を差し出したからだ。

「いいよ。吸って」

 中条の声は、震えていた。

「これで償いになるのなら、いくらでも」

 一体どれほどの葛藤が彼女の中であったのだろう。中条の顔は、決意に満ちていた。

「――信じて、くれるの?」

「信じなきゃ、こんなことはしないよ」

 奏の問いに、中条は即答した。その声はもう、震えてなかった。

「――そっか」

 奏は微笑むと、髪をかきわけている中条の手を取る。

「ありがとう、中条さん。ちょっとだけ、頂くね」

 2人の手が、一瞬だけ淡く輝く。

「はい、おしまい」

 奏が手を離すと、中条はきょとんとした顔で、

「もう終わり? っていうか、首からじゃないの?」と、奏に目を向けた。

「やっぱり首のイメージが強いんだね」

 奏は苦笑して、自分の首筋を見せた。

「見える? もう治ってるでしょ。触ってみてもいいよ」

 奏の言葉の通り、傷跡はきれいに消えていた。中条は恐る恐る手を伸ばし、奏の首筋にそっと触れる。奏はくすぐったそうに肩をすくめた。

「ほんとに治ってる……。じゃあ、やっぱり弓張さんって」

「正真正銘のダンピールだよ。これで信じてもらえたかな」

 しばし呆然としていた中条は、やがて感極まったようにぽつりと呟いた。

「――すごい」

 それから、いさなと氷魚の方に目を向ける。

遠見塚とおみづか先輩と橘くんはこのことを……」

「知ってる」

 氷魚といさなは同時に言った。

「もしかして、2人も人間じゃなかったり……?」

「いや、おれは人間だよ」

「わたしも」

「そ、そっか。そうですよね。そんなにたくさんあやかしとか、いませんよね」

「たぶんね」

 いさなは曖昧に微笑んだ。

 以前の自分も、まさかあやかしが人間社会に溶け込んで暮らしているなんて想像もしなかったなと氷魚は思う。

「今更なんですけど、3人って、一体なんなんですか。同じ高校生ですよね」

 中条に問われて、氷魚たちは顔を見合わせた。

 自分たちはなんなのだと問われたら、答えは1つしかないと思う。

「オバケが絡む事件を解決したり」と奏が口火を切った。

「怪異に悩む生徒の相談に乗ったりもする」と氷魚が続く。

 それから2人はいさなに目配せする。いさなは少し照れくさそうに、

「わたしたちは、キョーカイ部。鳴城高校、郷土部兼怪異探求部だよ」と締めた。

 やっぱり、それが1番しっくりくる。

「最初に聞いた時、なにそれって思ったんですけど、今聞いても、やっぱりなにそれって思います」

 ふにゃっと笑った中条は、「でも」と続ける。

「本物、だったんですね」


「ばらしちゃってよかったの?」

 中条がお店を出ていったのを確認し、いさなは奏に尋ねた。

「ああするのが一番いいかなって。じゃないと、中条さん、負い目を感じると思うので」

 確かに、奏が自分の正体をばらして精気を吸わなければ、中条はずっと引きずっていたかもしれない。店を出ていく時の中条は、吹っ切れたような顔をしていた。

 中条が、奏の正体も含めて、今回の出来事を誰かに話すかどうかはわからない。

 でも、たぶん話さないのではないかと氷魚は思う。自身の世界観と価値観が書き換わった大切な出来事として、胸の内に秘めて生きていくような気がする。

「にしても、思い切ったね」

「さすがに緊張しました」

「そうは見えなかったけど」

「これでも女優なんです」

 奏はにかっと笑い、立ち上がる。

「さて、それじゃあ、夕食の準備があるので、あたしもそろそろ失礼します」

「うん。がんばってね」

「はい!」

 自分の分の代金を置き、奏は店を出ていった。

「じゃあ、おれたちも出ますか」

 氷魚は財布からお金を取り出し、テーブルに置く。ちょうどあってよかった。

「――ねえ、氷魚くん。文化祭の話をしたの、覚えてる?」

 唐突に、いさなは言った。

「ああ、女装をした日ですね」

 あまりにも色々ありすぎた日だ。

「そう。氷魚くんのクラスの出し物は、決まった?」

「結局、喫茶店に決まりそうです」

 しかし、一部の生徒、主に奏がただの喫茶店ではつまらないと主張しており、そのせいで妙な方向に行きそうな雰囲気があるのが少し怖い。

「それなら、当日、時間は空くよね」

「シフト制になるので、空くと思います」

「そしたら、さ」

 そこまで言って、いさなは口をつぐんだ。

「どうしました?」

 氷魚が顔を覗き込むと、いさなは露骨に目を逸らした。

「……あぁ、いや、やっぱりなんでもない」

「おまえなあ、小娘の勇気を少しは見習ったらどうだ」

 凍月いてづきの呆れたような低い声が聞こえてくる。

「いいの! まだ時間はあるし」

 いさなは伝票とお金をつかむと、勢いよく立ち上がった。

 どうにも気になるが、いさなは有無を言わさず会計を済ませてしまう。

「凍月さん、どういうことなんですか?」

 店を出た氷魚は、いさなではなく影に向かって話しかけた。

「そりゃあおまえ、乙女心だよ」と、要領を得ない答えが返ってくる。

「はい?」

 乙女心と文化祭がどう繋がるのか。わけがわからない。

「凍月、余計なことは言わなくていいから」

 いさながぴしゃりと言った。

 暗に、氷魚にもこれ以上追及するなと言っているように聞こえる。

 現に、自転車にまたがったいさなの背中は、一切の質問を拒絶していた。怒っているわけではなさそうだが――

 いさなの後に続き、自転車をこぎながら氷魚は思う。

 女性の心は難しい。

 女装こそしたが、乙女心を理解する一助にはならなかったようだ。茉理に相談してみようか。しかし、いさなにばれたら怒られる気もする。

 そして――

 気になるといえば、春夜しゅんやのことだ。

 青葉あおばの件はひとまず解決したが、結局春夜は表に出てこないままだった。

 奏が襲われた現場には、血の一滴も髪の一本も残っていなかった。

 時の腐肉食らいの舌を回収したように、春夜が回収したのではないかと氷魚は踏んでいる。

 春夜は一体何を考えているのだろう。何がしたいのだろう。

「そうだ」

 前を行くいさなが、自転車を止めた。さほどの速度は出ていなかったので、氷魚もすぐ止まる。

「どうしました?」

「今、『グリーンウッド』でカツカレー大盛りフェアをやっているのは知ってる?」

 振り向いたいさなは言う。

 グリーンウッドは国道沿いにあるお店である。

 名目上はカフェなのだが、出てくる料理はいずれも量が多く、運動部の腹ペコモンスターたちに人気の店だ。

「そういえば、チラシが入ってましたね」

 ただでさえ量が多いのにトンカツ2枚とか一体誰が食べきれるのだろうと考えた直後、いさなの顔が脳裏をよぎったのは内緒である。

「考えてみれば、アンジェリカでは何も食べなかったんだよね」

 実は、いさなが食べ物を注文していなかったので、具合がよくないのかなと密かに心配していたのだ。

 しかしどうやら、食欲がないわけではなく、あえて頼まなかったようだ。中条の話に集中したかったのかもしれない。

「わかりました。行くなら付き合いますよ」

「ほんと? よかった」

 いさなの顔がぱっと輝く。

「よし、さっそく行こうか」

 いさなは再び自転車をこぎ出す。ペダルを踏む足も軽やかだ。

 わからないことだらけのいさなの気持ちだけど、食に関してはものすごくわかりやすかった。

 今はまだそれでいいかなと思いながら、氷魚は「待ってくださいよ」とペダルを漕ぐのだった。



 あやかしのサガ  終


 9章完結しました。

 当初の予定の倍くらいの長さになってしまいましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか。


 で、次ですが、10章は猫と文化祭の話になる予定です。

 ただ、別の小説を書きたいので、こちらの投稿は早くて12月くらい。遅くて来年の1月か2月になりそうです。

 今度は余裕を持って投稿できるよう、書き溜めたいところですね。

 それでは、また。

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[一言] 青春彩る華やかな終わりにしてはいささか以上の不安の種を蒔かれての終わりとは次回が待ち遠しいですな!そして文化祭と言えば学校生活の一大イベントの一つ日々切磋琢磨しあう学生同士がこの時ばかりは和…
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