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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ㉑

「それで、青葉あおばさんはどうなったんですか?」

 対面のかなでがいさなに尋ねる。

「少しの間、療養所で治療するって。深刻な状態ではないみたいだけど、念のためね」

「大事にならなくて、よかったですね」

「ええ、そうね」

 いさなが青葉を撃退した翌日の放課後である。氷魚ひおたちは、アンジェリカに集まっていた。

 いさなの隣に座っている氷魚は水を一口飲んで、

「いさなさんの傷の具合は、どうですか?」と、訊く。

「だいぶよくなったよ。あの後、白鷹はくたかさんが鎌鼬の薬を持ってきてくれたんだ。塗ったら、効果てきめん」

 そう言って微笑むいさなの顔色は、確かに昨日よりよくなっている。さすがに入院が必要なのではと思ったが、一安心だ。

「先輩、あの青葉さんに勝つってすごいですね。今度、あたしに稽古をつけてくれませんか」

「素手だったら、わたしより絶対弓張さんの方が強いでしょ」

「いえ、あたし、慢心があったと思うんです。なので、鍛えなおしたいなぁと。ぜひぜひお願いしたいです」

 奏は鼻息も荒く、いさなに迫る。

「――う、うん。まあ、わたしの稽古にもなるから、いいけど」

「やった! 約束ですよ。じゃあ、次の休みの日に!」

「はりきってるね……」

「そういえば、小町こまちと白鷹さんはどうしたんですか?」

 2人の会話が途切れたところで、氷魚は口を挟んだ。

「昨日のうちに帰ったよ。これ以上店を閉めておけないからって。青葉さんが復帰するまで、2人で切り盛りするみたい」

「そうだったんですね」

 小町に挨拶をしそびれてしまった。髪を切ってもらう約束も果たせないままだ。

「いらっしゃいませ。おひとりですか?」

「あ、いえ。待ち合わせです」

 そんなやり取りが聞こえて、入り口に目を向ければ中条なかじょうがこちらを窺っている。一旦家に帰ったようで、私服に着替えていた。

「中条さん、こっちこっち」

 腰を浮かせた奏が手を振る。

「こちらから指定したのに、待たせてしまってごめんなさい」

 奏の隣に座った中条は、そう言って頭を下げた。

 今日、氷魚たちがこうして集まっているのは、中条に話があると言われたからだった。

「いいよ、気にしないで」と奏が笑う。

 コーヒーを注文した中条は、「あの、弓張さん、怪我は……」と、遠慮がちに奏に話しかけた。今日はみんな誰かの怪我の心配をしているなと氷魚は思う。

「もう平気だよ。ほとんど治ったから」

 奏が言うと、中条は眉をひそめた。

「――え? でも、切られたんだよね。……怪異、に」

 まだ一週間も経っていないのに、そんなにすぐに治るものなのか。中条はそう考えているのだろう。

「まあね」

 そこで、中条の頼んだコーヒーが運ばれてきた。

「それより、中条さんの話って?」

 奏が促すと、中条はコーヒーカップに視線を落とした。

「あなたたちに、謝りたいと思って」

 中条は自分を落ち着かせるように、コーヒーを一口飲む。それから、思い切ったように、

「――今回は、わたしのせいで皆さんに迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」と言って深々と頭を下げる。

「中条さん……」

 頭を上げた中条は、奏に目を向けた。

「聞いていると思うけど、弓張さんが髪を切られたのは、わたしが怪異に頼んだからなの。……本当に、ごめんなさい。わたしは、わたしには無いものを全部持っている弓張さんが妬ましかった」

「そっか」と、奏はどこか寂しげに笑った。

「わたしがしたことはどうやっても償えないし、許してほしいなんて虫のいいことも言えない。ただ、謝りたかったの。それがけじめだと思ったから」

「なるほど、償いか」

 言って、奏は首の包帯をさすった。

「あるよ。償いの方法」

「……え?」

「ただし」と、奏は人差し指を立てる。

「そのためには、中条さんにあたしの秘密を知ってもらう必要がある。知ったら後には引き返せないし、知らない方がよかったと思うかもしれない。中条さんの常識が揺らぐような、そんな秘密」

 氷魚はいさなと顔を見合わせた。

 奏の秘密とは、まさか――

「常識が揺らぐ……?」

「うん。あ、フェアじゃないから先に言っておくけど、あたしは中条さんを恨んでないよ。その点は安心して。そういう意味では、償いは必要ないから」

「でも……」

「嫌味に聞こえることは百も承知で言うけど、あたしは、妬まれることが結構多かったんだ。あからさまな態度を取る人もいたし、影で悪口を言う人もいたし、それをわざわざあたしに言う人もいた。最初はつらかったけど、なんとか慣れたよ」

「だとしても、つらいのに変わりはないよね」

「そうだね。でも、あたしは決めたんだ。負の連鎖はどこかで断ち切らなきゃ。だから、あたしは誰も恨まない」

「そのために、弓張さんがつらい思いをしても?」

「どうってことないよ。あたしは図太いからね」

「……弓張さんは、やっぱりすごいな」

「ありがと。で、どうする?」

 中条はコーヒーカップを持ち上げ、口に運びかけ、結局一口も飲まずにテーブルに戻す。

 しばらくの間、中条は揺れるコーヒーを見つめていた。

 やがて、顔を上げて奏に目を向ける。

「聞かせて。弓張さんの秘密」

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