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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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氷魚の長い1日⑤

 部室は星山ほしやまの目があるので、作戦会議は場所を移してアンジェリカで開くことになった。

 いさなは生ハムのジェノベーゼピザを頼み、氷魚ひおは晩ご飯前なのでコーヒーだけを頼んだ。アンジェリカのコーヒーは無難な味で、とりあえず頼むにはちょうどいい。

「いさなさんは、早めの晩ご飯ですか?」

 すぐに運ばれてきたコーヒーを一口すすって、氷魚は尋ねる。

「え? 晩ご飯はあとでべつに食べるけど」

 妙なことを訊くのねという顔で返された。恐る恐る、氷魚は質問を重ねる。

「ちなみに、夜は何を食べるんです?」

肉久にくきゅうでトンカツを買って帰って、カツ丼にする予定。あとコロッケをつける」

 戦慄せんりつの回答だった。

 肉久は畑村はたむら商店街にある肉屋で、コロッケが名物だ。トンカツは普通の味だが、とにかくでかい。成人男性でも1枚食べたら満腹間違いなしで、断じてピザを丸々1枚食べた後の腹に収まる代物ではない。しかもコロッケつきとは。

 いさなの胃袋はどうなっているのだろう。宇宙にでも繋がっているのか。

「わたしの晩ご飯はひとまず置いておいて、やっぱり今晩、城址に行こうと思うの」

 星山に釘を刺されたとはいえ、そう来るだろうと予想はしていた。

 だから、氷魚もあらかじめ決めておいた言葉を口にする。

「おれも行きますよ。キョーカイ部の部員ですから」

「危ないかもしれないよ」

「怪異云々以前に、夜の城址に女の子1人のほうがよっぽど危ないですよ。変なのが出たらどうするんですか」

 去年の冬、夕方の城址で、近隣にある鳴女なるじょ――鳴城女子高等学校の生徒に裸を見せた変質者がいたのだ。

 ローカルニュースでも報道されたので、氷魚も知っている。コートの下はすっぽんぽんで、なぜか腹巻だけ巻いていたらしい。変質者はすぐに逃げて、今も捕まっていない。一緒にニュースを見ていた姉は、『許せない。あたしだったら股間を蹴り上げてた』と憤っていた。姉なら本当にやりかねない。

 忽然こつぜんと姿を消し、いつしか腹巻おじさんと呼ばれるようになった変質者も、現代の生きる都市伝説と言っていいかもしれない。少し違う気もするが。

「夜なら変質者どころか、人っ子1人いないと思うけど」

「そういう問題じゃないです」

 犯罪も人口も少ない鳴城なるしろだが、油断は禁物だ。

「氷魚くんって、けっこう頑固なところがあるよね」

「いさなさんこそ。部長が止めたのに引かないでしょ」

「む……」

「それに、もし、怪異に遭遇してもいさなさんが守ってくれるんですよね」

「――それは、まあ、そうね。うん、今度こそ守り抜く」

「だったら、おれが同行しても構いませんね」

 氷魚が強めに攻め込むと、いさなは根負けしたように、

「わかった。お願いするわ。本音を言うと、ちょっぴり怖かったの」と同行を認めてくれた。

 いさなの恐怖の対象は亡霊ではないと思う。おそらく『人』だろう。男の氷魚でも変質者は怖い。女子ならなおさら怖いと思うだろう。浮世離れしているいさなだが、そういう感覚は普通の女子高生で、氷魚は少し安心した。

「お待たせしました」

 生ハムのジェノベーゼピサが運ばれてくる。この前食べたバジルたっぷりマルゲリータ同様、おいしそうだ。食欲をそそるいい匂いが鼻腔びこうをくすぐる。

「よかったら、氷魚くんも一切れ食べる?」

 ものほしげに見えたのか、いさなは皿を氷魚に向けて一押しする。

「せっかくですが、晩ご飯が食べられなくなるので、遠慮しておきます」

 魅力的な提案だったが、一切れといえども奪うのは心苦しい。氷魚はそっと皿を押し戻した。

「そう? だったらわたしだけで食べちゃうね」

 いさなはそれ以上勧めることはせず、幸せそうにピザを食べ始めた。

 幸福に満ちたいさなの顔はいつまでも飽きずに見ていられるが、じっと見つめていたら食べにくいだろうし、気持ち悪がられるのも嫌なので氷魚は目を窓の外に向けた。相変わらず雨が降り続いている。向かいの建物の軒下に一匹の猫がいる。

 三毛猫だった。

 三毛猫は、こちらをじっと見つめている。猫は嫌いではないが、氷魚はなんとなく居心地の悪さを感じる。

「いさなさん、あの猫なんですが……」

 氷魚は視線を正面に戻し、いさなに声をかけた。

「ん? ふぉこ?」

 ピザを頬張ったまま、いさなは窓の外を見やる。口の中を空にしてから、

「――失礼。猫なんていないけど」と言う。

「え――?」

 一瞬だった。氷魚が少し目を離した隙に、猫の姿は消え失せていた。

「ついさっきまではいたんですが」

「一時の雨宿りでもしてたんじゃない?」

 言われてみれば、そんな気もしてくる。

「そうかもしれませんね」

「猫がどうかしたの?」

「ただ、かわいかっただけです」

「そう……?」

 いさなは怪訝けげんそうな顔をしたが、それ以上は追及してこず、ピザに意識を戻した。

 氷魚は再び窓の外に目を向ける。

 気にする必要なんてないと思う。

 今晩、夜の城址に行くということで、神経質になっているのかもしれない。猫なんて、べつに珍しくもない。たまたま軒下にいて、たまたま目が合っただけだ。尻尾がふたつに別れていたわけでもない。しかし――

 あの三毛猫の瞳、まるで人間の目みたいではなかったか。


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