表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
218/281

あやかしのサガ⑱

凍月いてづき、手出しは無用だよ」

 戦いは避けられない。青葉あおばは、剣術のみで勝たねば納得しないだろう。

「承知」

 凍月もわかっていたようで、文句ひとつ言わず影に溶けて消えた。

 ゆらり、と青葉の身体が動いた次の瞬間、いさなは首筋に寒気を感じた。

 身を低くしつつ、旋転。さきほどまでいさなの首があった場所を、逆さまになった青葉が振るった刃が通り過ぎていく。瞬時にいさなを飛び越したらしい。

 いさなは旋転の勢いを利用し、青葉の伸びきった腕を狙って刀を振り上げる。空中で身をよじった青葉は、人にはありえない体勢で斬撃を躱してみせた。

 そうして着地するなり、今度は真っ向から切りつけてくる。

 胴体狙いの斬撃を刃で受け止め、弾く。かすかな隙ができた。

 返す刀で、いさなは刃の付け根目がけて斬りつける。切っ先が青葉の腕を浅く切り裂いた。つうと赤い血が流れ出る。

 しかし青葉は止まらない。お返しとばかりに、矢継ぎ早の連撃が嵐のように襲い来る。

 ――やはり、速い。

 瞬き1つが致命傷に繋がる。

 速度だけでいうなら、青葉はいさなが今まで戦った相手の中で一番だ。

 斬撃のすべてを無傷で防ぎきることなど到底できず、いくつかが身体をかすめていく。まだ動きが制限されるほどではないが、出血は確実にいさなの体力を奪う。長引けば長引くほど、戦況はまずくなる。

 圧倒的な身体能力の差を、嫌というほど思い知らされる。

 あやかしと相対した時はいつもこうだ。人の常識など軽々と飛び越えていく。

 だが、戦えないわけではない。速度で劣るなら、技で補えばいい。

 青葉の息遣い、視線、そして思考。一挙手一投足から、次にどこに刃が来るかを予想し、こちらの刃を先回りさせる。

 青葉の斬撃は癖がなく、素直だ。フェイントがないので、読みやすい。一手ごとに、いさなは着実に詰めまでの手順を計算していく。


 おかしい。何かの間違いではないのか。

 青葉の当初の予定では、数合切り結ぶ暇もなく、目の前の小娘の首が道場の床に転がっているはずだった。

 なのに、相手は数か所の怪我こそ負ってはいるが、まだぴんぴんしている。こちらを見透かすような冷徹な目が憎らしく、本気で切りかかるも、やはりかわされてしまう。

 正面、側面、時には背面、休む暇など与えるものかと放った無数の斬撃は、しかしすべて読み切られる。身体能力は明らかにこちらが勝っているのに、人の身でさばききれるのが信じられない。

 春夜しゅんやは、いさなは間に合わせの影無だと言っていた。恐れるに足りないと。

 なのに、どうだ。

 大妖凍月の力も借りず、魔術も異能も使えないのに、あやかしである青葉と渡り合っている。

 あやかしと人の力の差は、魔術をもってしても簡単に埋められるものではないはずなのに。

 どうして。

 自分は鎌鼬かまいたちだ。切るあやかしなのだ。

 人などひとたまりもない必殺の斬撃が、なぜ当たらない。


「このっ、なんで当たらないんですか!」

 焦れたのか、青葉が強引に踏み込んできた。

 好機。

 視線で思考を誘導し、斬撃を躱しざま、左ひざの側面を足刀で打つ。

 意識が逸れた瞬間を狙い、いさなは刀を逆手に持ち替え、柄頭を青葉の鳩尾に突き入れた。

「あぐっ……」

 青葉が前のめりになる。間髪入れず、掌底で下から顎を打ち抜く。鈍い音がして、青葉はのけぞった。

 斬りこもうと一歩を踏み出すが、青葉はトンボを切って大きく距離を取った。

 顎をさすり、いさなを憎々し気に睨みつける。

「バカにしているのですか。突き入れたのが切っ先だったら終わっていたでしょうに」

「あなたの命を奪うのは本意ではないので」

 できれば今の掌底で気絶してほしかったのだが、さすがにタフだ。

「――そうですか。だったら」

 青葉はいさなの背後に視線を向ける。後ろにいるのは、氷魚。

「奪いたくなるようにしてあげますよ」

 青葉が斜めに一歩踏み出す。意図は明白だった。

 ――させない。氷魚くんの前で迎撃する。

 動きを先読みしたいさなは、青葉の進行方向を予想し、身を投げ出すように突進する。

 刹那、背中に灼熱のような痛みが走った。

「本当にいい子ですね。あなたは」

 あざけるような声に振り向けば、さきほどの位置から動いていない青葉がいた。腕の刃から血が滴っている。

 背中に手をやると、ぬるりとした感触がある。戻した手には、べったりと血が付着していた。

「そんなにあの少年が大切ですか。襲う気配をにおわせただけなのに、ひどく簡単に引っかかりましたね」

 ぐうの音も出ない。道隆みちたかに任せるという選択肢もあったのに、身体が勝手に動いていた。

 いさなは無言で血をぬぐった。

「しかし、解せません。あなた1人なら勝機もあったはずなのに、なんでわざわざ足手まといを連れてきたんですか。大切なら、遠ざけておけばいいのに」

 今や、背中の傷は立っているのもつらいほどの激痛をもたらしている。

 口を開く労力すら惜しかったが、これだけは言わねばならない。

「氷魚くんは、足手まといなんかじゃない」

 自分が証明する。そのためにも、青葉に勝たなくてはいけない。

「だったら、何ですか?」

 いさなはそれには答えず、静かに納刀する。

「あら、命乞いのつもりですか。無駄ですよ」

 右手を柄にかけたまま、腰を落とす。

「居合? まさか、その状態で、私と速度比べでもしようと?」」

 視線をひたと青葉に固定する。意識は深く、刀と一体になるように集中する。

「――いいでしょう。ご自慢の技を披露する暇もなく、そっ首を刎ねてあげます」

 青葉は唇の端を持ち上げ、刃を前に向けた。

 一切の音が消える。

 迎え撃つつもりはない。こちらから行く。

 道場の床を蹴り、いさなは一気に踏み込んだ。

 予想外の行動だったのか、青葉は驚いたように目を見開き、それから刃を振るう。

 ――遅い。

 抜刀。

 きん、と済んだ音が響き渡った。

 真っ二つに折れた青葉の刃がくるくると回転し、道場の床に突き刺さる。

「うそ……」

 呆気に取られたように目を見開く青葉に向け、抜刀の勢いはそのままに、いさなは刀を振るった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ