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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ⑯

 その日の夜、夕食後に、氷魚ひお遠見塚とおみづか家に赴いた。かなではいない。事情は話してあるが、体調が完全には戻っていないのと、一応小町の見張りも必要ということで、自宅待機となったのだ。

 いさなは準備があるというので、氷魚は先に道場に移動する。

 道場では、道隆みちたかが壁に護符を貼りつけていた。夏に真白ましろが派手に壊した床は、きれいに修復されている。

「道隆さん、こんばんは」

「おお、氷魚くん。すまないね。また、いさなに付き合わせちゃって」

「いえ、おれが望んで一緒にいるので」

「そうか。ありがとう」

 道隆は穏やかに笑う。作務衣姿で作業している道隆は、いかにも職人といった感じで格好いい。

「前みたいに、動きを止める結界の準備ですか?」

 壁に貼られた護符には、なにやら奇妙な文様が描かれている。これも魔導具に分類されるのだろうか。

「種類が違うね。正体がわからないから、前回の結界は使えない。今回のは、道場を檻にするんだ」

「檻?」

「万が一、いさながしくじっても、怪異をここから出さないための檻だね」

「――」

「まあ、念のためさ。そんな顔をしなくても、いさなは大丈夫だよ。きみがいれば」

「え――?」

「おまたせ」

 そこで、いさなの声がした。稽古用のものなのか、剣道着を着ている。髪を結い上げ、肩には凍月いてづきが乗っていた。

 いさなは入り口で一礼し、道場に入る。

「袴も似合いますね」

 氷魚が言うと、いさなは照れくさそうに笑った。

「ありがと」

「いさな。こっちの準備はできたよ。あとのことは心配せず、思う存分やるといい」

「わかった」

 真剣な顔つきになったいさなは、道場の真ん中辺りまで歩いていって、正座した。傍らに凍月が下りたつ。凛とした居ずまいに、見ているこちらも気が引き締まる。

「ぼくたちは端にいようか」

 促されて、氷魚は道隆と共に隅に寄った。

 ポケットから取り出した携帯端末で時間を確認する。いさなが指定した時間は夜の8時。あと15分くらいだ。

「怪異は、来るでしょうか」

 道場内は、思ったよりも声が響いた。

春夜しゅんやが関わっているとしたら、来るだろうね。あいつは、いさなに執着してるから」

 それはやはり、凍月と刀の件があるからだろうか。訊きたかったが、口には出さなかった。星祭りの夜の日にいさなから話を聞いたことは、たとえ道隆でも言うつもりはない。

 氷魚はいさなに視線を向ける。目を閉じたいさなは、静かに坐している。

「今回は、道隆さんも戦うんですか?」

 氷魚は声を潜めた。

 本当は春夜のことを訊きたかったのだが、いさなの手前、気が引けた。

「いや、ぼくは臆病者だからね。やっとうは不得手だし、サポートするだけだよ」

「銃を撃ったり?」

 道隆は笑って手を振る。

「できないできない。ぼくの腕前じゃ、いさなに当たってしまうよ」

「そうなんですね」

「ずいぶん落ち着いているように見えるけど、氷魚くんは、怖くないのかい」

「怖いですよ。道隆さんこそ、臆病者って言ってましたけど、落ち着いてますよね」

「そう見えるならよかった。きみといさなの手前、強がってるんだ」

 冗談めかして道隆は言う。どっしりとした大樹のような印象を受ける道隆だ。どこまで本当かはわからない。

 それきり、会話が途絶えた。

 緊張を紛らわすため、もう少し道隆と話をしていたいが、集中しているいさなの邪魔になるかもしれないので、氷魚は口をつぐんだ。

「風が出てきたね」

 どれくらい経っただろうか。不意に、道隆が口を開いた。

 確かに、さっきまでは聞こえなかった風の音がする。

 なんとなく嫌な感じがして、氷魚は携帯端末に目を落とす。ちょうど8時だった。

 胸は痛んでいない。

「いさなさん、汚れたものの気配はありません」

「――うん。ありがとう」

 坐していたいさなは、目を開けて立ち上がった。

 刀を呼び出し、鞘に納めたまま左手で持つ。そうして腰を落とし、右手を柄にかける。

 ほれぼれするような、一連の所作だった。

 その動作が身体に染みつくまで、いさなは一体どれほどの練習を繰り返したのだろう。

 何百回、何千回、あるいは、もしかしたら、何万回か。

 いずれにせよ、血のにじむような鍛錬の果てに身に着けたものに違いなかった。

「来たな」

 凍月が言ったその瞬間だった。

 開け放たれていた道場の入り口から、一陣の風が吹き込んできた。同時に、いさなが尋常ではない速度で抜刀した。

 刃がぶつかり合う音が道場内に響き渡る。

 何らかの攻防があったのかもしれないが、氷魚の目では、動きを捉えられなかった。

「まさか、あの人……」

 気づけば、いさなの眼前に一人の女性が立っていた。腕から、見るも恐ろしい巨大な刃を生やした女性は――

青葉あおば、さん?」

 小町と白鷹の姉、青葉だった。

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