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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ⑩

凍月いてづきさん、最初からそのつもりで……」

「ちげえよ。俺はおまえみたいにお人好しじゃないからな」

 顔を背けた凍月はうるさそうに前足を振る。

 凍月が小町こまちをある程度疑っているのは本当だと思う。でも、それ以上に、やっていないと信じたいのではないか。

「台風娘への疑いだって捨てちゃいねえ。――ただ、人払いの魔術が使われたかもしれないってのは気にかかってる。台風娘が魔術を使うとは考えにくいからな」

 そこは氷魚ひおも気にかかっていた。いつもは人がいる時間帯に、誰もいなかったと奏は言っていた。いくらなんでも不自然だ。魔術が使われた可能性は大いにある。

「バカにして。……使えないけど」

 小町が頬を膨らませる。

「魔術って、あやかしも使うんですか?」

 なんとなく、魔術は人が使う『技術』というイメージがあった。

「ああ。人間じゃ到底扱えないような魔術を使うやつもいるぜ」

「それ、鬼に金棒ですね」

「言い得て妙だな」

「聞き取りを続けてもいいかな」

 いさながやんわりと言った。

「は、はい。邪魔をしてすみませんでした」

「いいよ。訊きたいことをいくつか訊いてくれたし」

 微笑んだいさなは、すぐに表情を改めた。

「じゃあ、これが最後の質問。青葉あおばさんと白鷹はくたかさんは、今回の件に関わっていると思う?」

 改めて意識する。青葉と白鷹も鎌鼬かまいたち――切る妖怪だ。

「2人は無関係だよ。絶対に」

 いさなを睨みつけ、小町は即答した。

「あたしは、青葉さんたちとは面識がありません」と奏が補足する。

 ということは、やはり小町同様、青葉と白鷹にも動機がないと考えても問題はないのではないか。

 しかし、己の知らないところで恨みを買っているということも、ありえなくはない。考えたくはないが、氷魚はそれを猿夢騒動で知ってしまった。

「――わかった」いさなはうなずき、立ち上がった。

「今日の聞き取りはこれでおしまい。小町、協力に感謝するわ」

「え、もういいの?」

「十分よ」

「先輩、これからどうするんですか?」とかなでが尋ねる。

「まずは協会に怪異災害として報告する。現地のわたしが初動調査に当たると思うけど、長引いたら応援として別の許可証持ちが派遣されるでしょうね」

「そうなったら……」

 奏は心配そうに小町を横目で見る。

「その前に、怪異の正体を突き止めればいい」

「それなら、あたしも」

「傷の具合は?」

「平気です」

 いさなはしばし考え込み、

「――茉理まつりさんから、あなたにできるだけ経験を積ませてと言われてる。一緒に調査しましょう。ただ、今日は休んで」と言った。

「でも」

「肝心な時に十分な力が発揮できないと困る。今は体調を整えるのに専念してほしいの」

「……わかりました」

 不承不承といった感じで奏はうなずいた。小町たちの潔白を証明するため、本当は今すぐにでも動きたいのだろう。

「だったら」

 おれの魔力を、と言いかけて、氷魚は慌てて言葉を飲みこんだ。奏に魔力を渡そうとすると、なぜか殺気を放ついさなが怖かったわけではない。この場には小町と耀太ようたがいるからだ。奏が遠慮していたのに、魔力譲渡をばらすわけにはいかない。

「どうかした?」

「いえ。そしたらいさなさん、今日はこれから現場を調べますか」

 いさなはちょっと訝しがる顔をしたが、気を取り直したようにうなずく。

「そうだね。――あ」

「どうしました?」

「血痕。現場に弓張さんの血が残ったままじゃない? 結構な量だったんでしょ。騒ぎになっちゃうかも」

 いさなが言うと、奏ははっとしたような顔になった。

「! すみません。言い忘れてました。あたしの血なんですが、今朝確認したら、消えてたんです」

「消えてた?」

「はい。掃除しなきゃと思ってたんですが、きれいさっぱり」

「妙だな。雨が降ったわけでもねえのに。誰かがなめとったのか?」

 凍月が首をかしげる。

 確かに奇妙だ。コンクリートに染みついた血の跡というのは、そう簡単には消えないのではないか。

 小学校の時、校門近くで派手に転んで出血した児童がいて、血痕がしばらく残っていたのを思い出す。なんとなく気味が悪くて、黒ずんだ血痕が消えるまで離れて歩いていた。

「もしそうだったら、ちょっと気持ち悪いですね。新手のあやかしでしょうか」

「直接吸うならともかく、地面についた血をなめるってのは聞いたことがないがな」

「とにかく、調べてみましょうか。じゃあ弓張さん、くれぐれも安静に」

「はい」

「耀太くん、小町、しっかり見張っていてね」

「心得ました」「任せて」

 2人は力強くうなずいた。

「信用ないなぁ。無茶はしませんって」と奏は苦笑する。

「あんな状態で学校に来ておいて、よく言うわ」

 いさなは肩をすくめた。

 実際、その通りだと思う。体調もそうだが、制服がだめになったからとジャージで登校する気概もすごい。

「……だって、できるだけ休みたくなかったから」

「どうして?」

「楽しいんです。前の学校と違って」

 実感のこもった言葉だった。

 実際、学校での奏はいつも楽しそうだ。高校生活を心底満喫しているのだと思う。

 一瞬、虚を衝かれた顔になったいさなだったが、すぐに笑みを浮かべた。

「そう。だったら、尚更早く身体を治さなきゃね」

「はい! あ、でも、制服を買いに行くのは許してください。さすがに連日ジャージはきついので」

「――ええ、それくらいなら」

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