氷魚の長い1日④
「星山くん、鳴城城址の鎧武者の亡霊、知ってるよね」
部室のドアを開けるなり、いさなは文庫本を読んでいた星山に言った。
「藪から棒だな。知ってるけど」
唐突ないさなの出現と発言に、星山はまるで動じずに答える。
「あの亡霊に関する資料はある?」
「あー、どうだったかな。たぶんなかったと思うが」
星山は文庫本に栞を挟むと、立ちあがり本棚を調べ始めた。ほどなくして、星山は首を横に振る。
「だめだ。やっぱりないな」
「そう……」
「怪談だと、戦で討ち死にした武士の亡霊が無念を抱えてさまよっているって語られることが多いけど、そもそも、鎌倉時代から戊辰戦争終結まで、鳴城城址近辺が戦場になったっていう記録がないんだよ。鳴城の殿様は代々戦上手でね。ここいらには攻め込ませなかったらしい。だから、少なくともあの辺りで討ち死にした武士ではないんじゃないかな」
「討ち死にしたとは限らないわよね」
「でも、鎧姿で現れるんだろ?」
「抜身の刀も持ってるみたい」
「だったら、やっぱり戦関係なんじゃないか。なんで城址に出るのかは謎だが」
「亡霊と決めつけるのも早計な気がする」
「あれか、場所に貯まる負の思念ってやつ」
「その可能性もあると思う」
2人のやり取りは、阿吽の呼吸だった。置いていかれたみたいで、氷魚は少し寂しく思う。
「――っと、ごめんね、星山くん。お互いできるだけノータッチって約束したのに」
はっとしたように、いさなは言った。
「構わないよ。一応同じ部活だし、手伝えることなら手伝わせてくれ。もしかして、誰か鎧武者の亡霊を目撃したのか」と星山が尋ねる。
「ええ。依頼人の名前は明かせないけど、怪異に関するキョーカイ部の初仕事よ」
「そりゃめでたい……いや、めでたいのか?」
「無事に解決できたらね。がんばらなくちゃ」
笑って、いさなは二の腕を叩いてみせた。
「ああ、応援してるよ」
「うん、ありがと」
「ところで遠見塚」
「なに?」
「まさかとは思うが、夜中に城址を調べようとか考えてないよな」「考えてないよ」
食い気味だし、棒読みだった。どうやら、ばっちり考えていたらしい。
星山は嘆息すると、「橘くん」と氷魚に呼びかける。
「は、はい?」
完全に蚊帳の外状態で気を抜いていた氷魚は、反射的に背筋を伸ばした。
「遠見塚が無茶をしないように、橘くんがストッパーになってくれるかい」
「……微力ながら、善処します」
無茶をした自分が言っても説得力がないとは思う。しかし、いさなに無茶をしてほしくないというのは星山と同じ意見だ。
「なんにせよ、怪我だけはしないようにな」
星山は諭すように言う。
「わたしは子どもか」
ふくれっ面のいさなは、しかしまんざらでもなさそうだ。仕草と言い方がまさに子どもみたいで、氷魚は思わず笑ってしまう。
「ちょっと氷魚くん、何笑ってるのよ」
「すみません。普段のいさなさんとのギャップが意外で、つい」
「そ、そう……?」
自覚がなかったのか、いさなはわずかに赤面する。それから咳払いをして「とにかく」と続ける。
「今日から調査を始めるわよ。いい? 氷魚くん」
「はい、異存はないです」