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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ⑧

 沈んだ様子の中条なかじょうも気になるが、やはりかなでが心配だ。髪を切ったのはイメージチェンジではないと思う。切ったのではなく切られたのではないか。でも、だとしたら一体何に? 

 小町こまちが切るわけがないし、新たな怪異でも発生したのか。首の包帯も気になる。そしてなぜジャージだったのか――

 さっぱり集中できないせいでやたら長く感じた1時間目が終わるなり、氷魚ひおは保健室ではなく隣の2-5に向かった。すでに察していたのか、席を立ったいさなが歩いてくる。

「いさなさん、弓張ゆみはりさんが」

「聞いてる。髪が短くなってたんだって?」

「直接聞きましたか?」

 もしかしたら、奏は事前にいさなには事情を話していたのかもしれないと思う。だが、氷魚の予想に反していさなはかぶりを振った。

「いえ、さっきみんなが話しているので知ったの」

 どうやら、いさなも詳細を知らないらしい。

「そうですか……。とにかく、弓張さんは保健室にいるので一緒に来てくれますか」

「わかった」

 はやる気持ちを抑え、氷魚はいさなと共に足早に保健室に向かった。

「失礼します」とドアを開けて中に入る。机に向かっていた深上ふかがみが顔を上げた。

「お、来たね。感心感心。マメな男子はもてるよ。――っと、遠見塚とおみづかさんも一緒か」

「弓張さんは大切な部員なので」

「ああ、郷土部兼怪異探求部だったね」

 いさなが言うと、納得したように深上はうなずいた。キョーカイ部の正式名称をさらっとそらんじたことにちょっぴり驚いたが、今はそれどころではない。

「あの、弓張さんの具合は?」

「……どうにか、灰にはなってないよ」

 か細い声がカーテン越しに聞こえてくる。吸血鬼が滅びる際には灰になるというのにかけた冗談なのだろうが、状況が状況なので笑えなかった。

「開けてもいい?」

「いいよ」

 氷魚がカーテンを開けると、ベッドに横たわっていた奏が弱々しく微笑んだ。その顔色は、依然としてよくない。

「ごめんね。心配かけちゃって。……先輩も、申し訳ありません」

「気にしないで」

 いさなは深上が見ていないことを確認し、奏に手を差し出した。いさなも氷魚と同じ考えだったようだ。

「でも……」と奏はいさなの顔と手を交互に見る。

「いいの。朝ごはん、たくさん食べたから」

「いさなさん」

 魔力だったらおれが、と言おうとしたが、「いいから」と、いさなになぜかにらまれた。怖かった。研ぎ澄まされた刃のような眼光の鋭さに、氷魚はおとなしく身を引いた。

「……では、少しだけ」

 奏がいさなの手を握る。淡い光が灯り、奏の顔色が見る間によくなっていく。

 いさなの手を離し、奏はほっと息を吐き出した。ゆっくりと身を起こす。

「ありがとうございます。だいぶよくなりました。……耀太ようたくんや小町こまちには頼めなくて」

 後半は、小声でささやくように言う。耀太と小町に頼めないという奏の気持ちはわかる気がする。耀太はまだ幼いし、出会ったばかりの小町には言い出しにくい。

「うん。よかった」

「深上先生。あたし、教室に戻ります」

 奏が言うと、パソコンのモニターを見ていた深上がこちらに目を向けた。

「ん? お、だいぶ顔色がよくなったね。橘くんと遠見塚さんパワーのおかげかな」

「そんなところです。――そうだ。色紙ありますか?」

「色紙?」

「サインです。甥っ子さんに頼まれてるんですよね」

 奏は空中にペンを走らせる仕草をする。

「ああ、そうだった」

 深上は机の引き出しを開けると、色紙を取り出した。ペンを添えて、奏に差し出す。

「お名前は?」

光弘みつひろ。光るに、弘法大師の弘だね」

 うなずくと、奏はさらさらと手慣れた様子で色紙にサインをする。

「どうぞ」

「ありがとう! 甥っ子も喜ぶよ」

 色紙を受け取り、笑みを浮かべる深上を見て、奏も微笑んだ。

「喜んでもらえたら、あたしも嬉しいです」

 初対面の時、奏は否定的だったが、やっぱり奏のサインにはかけがえのない価値があるなと、氷魚は改めて思った。

 

 事情は、奏の家で聞くことになった。

 放課後、学校を出た氷魚といさなは、奏と一緒にそのまま奏の家に向かった。いさなから魔力を受け取ったものの、奏の足取りはややおぼつかない。

 何があったのかはわからないが、よほど体力を消耗したらしい。それでも、保健室から戻ってきた後、奏は教室ではなんでもないように振る舞っていた。改めて、彼女の精神力の強さに驚かされる。

 奏の家に入ると、「おかえり!」と小町が駆け寄ってきた。後ろには心配そうな顔の耀太もいる。

「奏、大丈夫だった?」

「だいぶよくなったよ。言ったでしょ。身体は頑丈な方なの」

 奏は胸を叩いてみせる。

「でも、昨日は……」

 小町はそこでドアの横に立っているいさなに気づいたようだ。はっとした顔で後ずさる。

「あ、あたしがやったんじゃないよ」

「やったって、弓張さんの髪の件?」

 いさなが尋ねると、小町は無言でうつむいた。心当たりがあるのだろうか。

「とにかく、上がってください。説明します」と、奏が取りなすように言う。

「氷魚……」

「大丈夫だよ小町。いさなさんは小町を捕まえに来たんじゃないから」

 小町を安心させるために、氷魚は微笑んだ。

「うん……」

 それでも、小町の不安そうな表情は払拭されなかった。

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