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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ⑥

 放課後、帰り道を歩きながら、かなでは頭を悩ませていた。

 今日の晩ごはんの献立である。

 一昨日はピザを取り、昨日は耀太ようたが作ってくれた。

 小町こまちがいる間は耀太に任せようと考えていたのだが、そうもいかない事情ができた。

 耀太が作った肉じゃがに小町がいたく感激し、「奏もおいしい料理を作れるんだよね」と目を輝かせたのだ。

 どうやら、耀太に料理を教えたのは同居人の奏だと小町の中では自動的に決まったらしい。

 なし崩し的に、次は奏が作る空気が醸造されてしまった。

 ただ黙って微笑む耀太のやさしさが、今回ばかりはつらかった。若干、諦めが入った笑みだった気もするが。

 そもそも、小学生でおふくろの味を出せる耀太が規格外なのだ。比べるのが間違っている。

 自分は確かに料理が下手だが、ものすごく、とまではいかないと思う。

「――いかないよね」

 奏は細い息を吐き出す。

 とにかく、くよくよ悩んでいてもはじまらない。当たって砕けろである。砕けるのは奏の手料理を食べた小町と耀太の気もするが、どのみち自分も道連れだ。フグは自分の毒では死なないが、料理はよほどの味音痴でもない限り、作った人の舌をも刺すと思う。

 そもそも、奏は食事を摂らなくても問題はない。植物の精気でも吸えばそれで事足りる。なのに人と同じように食事をするのは、食べることが好きだからだ。食事の楽しさを、奏は父から教わった。聞けば吸血鬼である母も同様だったとのことだ。

 しかし、食べることが好きでも、料理の腕がいいとは限らない。母も壊滅的に料理が下手なので、もしかしたら遺伝かもしれない。どうしたものか。

 などと考えていたら、献立が決まらぬうちにスーパーについてしまった。

 売り場をぐるぐる3周くらい歩き回り、ついに奏は決断した。

「カレーにしよう」

 ルーのパッケージ裏の説明通りに作れば、ひどいことにはなるまい。とにかく最初はレシピ通りに作るのが大切だと耀太も言っていた。

 間違っても父直伝の蛇肉カレーを作ってはいけない。肉は現地調達だったし、あれはある種のサバイバル飯だ。たぶん。

 材料を片っ端からかごに放り込み、会計を済ませた奏は意気揚々とスーパーを出た。

 そして、家まであと少しというところで奏は異変に気づいた。

 周囲に誰もいない。夕方で、いつもは学校帰りの生徒や、買い物に行く親子連れが歩いている時間帯なのに。

 明らかに尋常ではない。

 ――人払いの魔術。

 真っ先に頭に浮かんだ可能性だった。

 奏は魔術に詳しくないが、そういう魔術があるのは知っている。術者が指定した効果範囲に、なんとなく近寄りたくなくなるという魔術だ。忌避剤みたいなものらしい。

 だが、一体誰が。何のために。

 おそらく狙いは自分だとは思うが、まさかヴァンパイアハンターではないだろう。

 人の血を吸っていなくても、吸血鬼やダンピールというだけで狩ろうとする前時代的なハンターは、まだ根強く存在しているらしいが。

 不意に、首筋にひりつくような熱を感じた。

 奏は咄嗟に荷物から手を離し、前方に向かって転がる。直後、空気の揺らぎを感じた。

 身を起こして振り向けば、金色の髪の毛が数本、宙を舞っていた。

 ――切られた。

 反応が少しでも遅れていたら、首ごと持っていかれていたかもしれない。

 おそらくは鋭利な刃物かそれに類する武器で攻撃されたと推測する。見える範囲に襲撃者の姿はない。恐ろしく素早いか、あるいは不可視の存在か。

 後者だったら厄介だ。今は氷魚がいないし、適切な魔導具の持ち合わせもない。

 落とした袋からはみ出したジャガイモやニンジンを横目に、奏は呼吸を整えながら半身に構えた。

 瞬間、風が吹き抜けた。

 神経を研ぎ澄ませていたにもかかわらず、奏はまるで反応できなかった。

 背後に気配、首筋を撫でられるような感覚があり、それきり奏の意識は闇に沈んだ。

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