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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ④

 まったく勉強がはかどらない。数式が空しく頭の中をぐるぐると巡っている。

 自室で机に向かっていた深優みゆは天井を見上げてため息をついた。

 小さいころから使っている置時計に目を向ければ、夜の9時を過ぎている。

 不意に空腹を覚えた。夜ごはんはちゃんと食べたのに。

 覿面てきめんに体重に反映されるので、この時間に飲食するのはできれば避けたいのだが、かといってこのままでは集中できそうもない。

 机をこつこつと人差し指で叩き、束の間葛藤した深優は、ついに財布と携帯端末をつかんで立ち上がった。

 これは気分転換も兼ねているから必要なことなのだと自分に言い聞かせ、罪悪感を押し込める。

 部屋を出る前に、姿見で髪をチェックする。認めたくはないが、きれいなカットだった。行きつけの美容院で切ってもらったのだったらよかったのに。怪異だかなんだか知らないが、やっぱり気味が悪い。

 階下に降りた深優は、リビングでテレビを観ている父と母に「お腹が減ったから、ちょっとコンビニ行ってくるね」と声をかけた。

「もう暗いし、車を出そうか?」と父が心配そうな顔で言う。

 やはり髪切り事件が念頭にあるのだろう。父は間違いなく以前より過保護になったと思う。

「ありがとう。でも、大丈夫。ちょっと散歩したい気分だし。エコバッグ持ってくね」

 深優の家から最寄りのコンビニまで歩いて10分もかからない。街灯もあるし、怖い道ではなかった。今くらいの時間に買い物に行ったことは何回もある。鳴城は治安もいいし、問題はない。

 だが――

 夜道を歩くのが怖くないといったら嘘になる。けど、ここで父を頼ったら、怯えていることを認めてしまうようで嫌だった。

「わかった。気をつけてな」

「うん」

 リビングのコートかけからエコバッグを取り、家の外に出た深優は反射的に左右を窺った。誰もいない。

 細い息を吐き出し、歩き出す。

 警戒がすっかり習い症になってしまった。道を歩くだけでも神経を使う。

 油断なく歩きながら、どうして自分がこんな目に、と思う。

 何も悪いことなんてしていないのに。自分よりいい目を見ている人なんて、世の中にはたくさんいるのに。

 釣り合いが取れていない。不公平だ。

 たとえば、同じクラスの弓張ゆみはりかなで

 同じ高校生なのに、彼女と自分ではあまりにも持っているものが違いすぎる。

 髪を切られたのが自分ではなく、何もかも恵まれた彼女だったらよかったのに。そうすれば、少しは釣り合いが取れるというものだ。

 そこまで考えて、深優は足を止めた。街灯の下、自身の影法師が淡く伸びている。

 ――あたしは一体何を考えていたんだろう。

 人の不幸を願うなんて、どうかしてる。自分はそんなひどい人間ではないはずだ。

 深優は身震いした。急に冷えてきた気がする。上に何か羽織ってくればよかった。

 背中を丸め、うつむいた深優は足早にコンビニを目指す。


 温かいコーヒーと、レジ横で目についた肉まんとホットスナックを適当に買い、深優はコンビニを出た。

 周囲に誰もいないことを確認し、エコバッグから肉まんを取り出す。家までさほどの時間はかからないが、やっぱり歩きながら食べたい。

 一口頬張ると、肉や野菜のうまみが口の中に広がった。

「――おいしい」

 思わず独り言が漏れる。空腹が幸福に満たされるのを感じる。

「それはよかった」

 声は、前触れもなく前方から聞こえてきた。心臓が跳ねた。驚きのあまり、深優は肉まんを取り落としそうになる。

「ああごめん。驚かせてしまったね」

 街灯の下に誰か立っている。

 けど、おかしい。さっきまで誰もいなかったはずだ。

「中条深優さんだね」

 声の主は、美しい青年だった。俳優やアイドルと言われても違和感がないルックスだ。しかし、どうしたわけか、妙に存在感がない。意識を集中させないと、目の前にいるのに見失ってしまいそうになる。

「鳴城高校1-5の、出席番号は確か28番だったかな」

 青年は人差し指で自分の額を叩く。芝居がかった仕草だった。

 深優の頭に浮かんだのは、ストーカーという単語だった。今すぐ踵を返してコンビニに駆け込むべきだろうか。それか、大声を出すか。

「先に言っておくよ。僕は怪しいものだけど、きみのストーカーでもないし、敵でもない」

 深優の考えを読んだかのように、青年は微笑んでそう言った。

 不思議と警戒感が薄れていくのを感じる。どう考えても怪しいのに、青年の人懐っこそうな笑みのせいだろうか。

「……あたしに何の用ですか」

 念のため、いつでも逃げ出せるように身構えながら深優は言う。まさかナンパというわけでもあるまい。

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