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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ②

 事情を話したら、かなでは快く承諾してくれた。

弓張ゆみはりさん、泊めてくれるって」

 通話を終え、氷魚ひおは携帯端末をポケットにしまう。

「ホント? ありがとう!」

 小町こまちが顔を輝かせた。

「おれは何もしてない。お礼は弓張さんに言ってよ」

「それはもちろん。でも、氷魚にもお礼を言わせて。あたしのわがままに付き合ってくれて、ありがとう」

 そう言って、小町は顔全体で笑う。

 小町はいつだって全力だ。きっと溢れんばかりの生命力で日々を生きているに違いない。

「――うん。じゃあ、行こうか」

 奏の家は駅の近くにある。ここからだと歩きで20分くらいだろうか。

 氷魚が自転車を押して歩き出そうとすると、すぐに小町に呼び止められた。

「氷魚、待って」

「なに?」

「歩いていくの?」

「おれが自転車で、小町だけ歩かせるわけにはいかないでしょ。――ああ、小町が自転車に乗ってく? おれは歩きでいいよ」

「そうじゃなくて」

 小町は自転車の荷台を指さす。小町の言いたいことはすぐにわかった。

 が――

「……2人乗りは、危ないんじゃないかな」

 道路交通法違反だし、と小声で付け加えた声は、我ながらいかにも言い訳臭く聞こえた。

「あれ、氷魚、もしかして恥ずかしかったり?」

 前に回り込んだ小町が氷魚の顔を覗き込む。氷魚は咄嗟に視線を外した。

「そういうわけじゃ……」

 図星だった。

 いくら暗いとはいえ、女の子を自転車の荷台に乗せて走るのはかなりの度胸を必要とする。知らない人に見られても恥ずかしいし、知り合いに見られたらもっと恥ずかしい。巡り巡って家族の耳に入った日には、向こう3か月くらいはからかわれるに決まっていた。

「そっかぁ。最初に乗せるのは、やっぱりいさなの方がいいかぁ」

 にやにやと笑いながら、小町は悪戯っぽく言う。

「――いさなさんは関係ないだろ」

 見え見えの挑発とわかっていても、乗らざるを得ない。

「じゃあ、別にあたしが乗ってもいいよね」

 言うが早いが、小町は荷台に横向きに腰かけた。自転車がわずかにかしぐ。

「あ、ちょっと」

「ほら、お姉さんが若人に青春を経験させてあげよう」

 小町は氷魚の背中にもたれかかる。シャツ越しに感じる肩の曲線の柔らかさにどきりとした。

「誰がお姉さんだよ。小町は妹だろ」

 照れ隠しのために、氷魚はそんな憎まれ口を叩く。

「氷魚よりは年上だから、いいの」

 頭の後ろから、楽しそうな声が聞こえてくる。

 3きょうだいの末っ子の小町は、誰かのお姉さんになってみたいのかもしれない。

 氷魚は細い息を吐き出す。

 ――まあ、いいか。

 氷魚はペダルに足をかけ、力を入れて漕ぎ出した。

 ペダルをひと漕ぎするごとに、2人分の体重を意識する。

 思えば、真白のバイクの時も、凍月の背中に乗った時も、自分は後ろだった。

 そんな自分が今は女の子を自転車の荷台に乗せて鳴城の街を走っている。なんだかくすぐったい。『耳をすませば』みたいだと思う。

「ねえ氷魚」

 ある程度の距離を進み、恥ずかしさがようやく薄れてきたところで、小町が口を開いた。

「ん?」

「氷魚の将来の夢って、何?」

 唐突な気もしたが、お姉さんの役割に準じている小町からすれば、自然な問いなのかもしれない。

「――」

 氷魚は考え込む。

 さっき連想したばかりの『耳をすませば』では、聖司くんは中学生ですでにヴァイオリン職人になりたいという立派な夢を持っていた。

 一方で、高校生の自分は将来にこれといった展望を持っていない。

 小学校の卒業文集に『将来の夢は映画監督』と書いたのは覚えているが、それは母に「大きくなったら面白い映画を撮って私に見せてね」と言われたからだ。

 母には悪いが、今は映画監督になりたいとは思わないし、なれるとも思えない。かといって、他になりたいものがあるわけでもない。

「わからない」

 だから氷魚は正直に答えた。

「やりたいこととか、ないの?」

 若者のくせにそんなんでどうするのと怒られるかなと思ったが、意外にも小町の声はやさしかった。

「うーん……」

 氷魚が将来の展望を描けないのは今に始まった話ではない。

 小さい頃に熱で死にかけた、というのが関係しているかどうか定かではないが、氷魚には昔から「大きくなったらあれをしたいこれをしたい」という思いがないのだ。それが歪なことなのか、それとも大して珍しくもないことなのかはわからない。

 クラスメイトの中には自己紹介の時に「外交官になりたい」と明言するような人もいて、焦りと羨望を覚えた。

 というようなことをぽつぽつと話すと、小町は「――そうだったんだ」と呟いた。

「氷魚は何歳?」

「15」

「だったら、焦らなくてもいいね」

「そう?」

「うん。これからこれから。きっと見つかるよ。あたしが保証する」

 言って、小町は氷魚の肩をぽんぽんと叩いた。

「だといいんだけど」

 不思議と、心が軽くなったような気がする。

 誰にも、それこそ実の姉にも話したことがない話を聞いてもらったからかもしれない。


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