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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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あやかしのサガ①

「にしても、なんで鳴城なるしろなのさ。泉間せんまの方が人が多いだろ」

「地元じゃさすがにね。顔見知りに会うかもしれないし。泉間からそこそこ近くて、ほどほど田舎の鳴城がいいと思ったの」

「なるほど」

 遠征みたいなノリだったのかもしれない。

「ホントは、不意打ちなんかじゃなしに、声をかけて切らせてもらおうと考えてたんだ。でも、勇気が出なかった。いきなり、『あなたの髪を切らせて』なんて、変な人すぎるからね」

 想像してちょっと怖くなった。黄昏時に「髪を切らせて」と声をかけてくる少女なんて、いかにも都市伝説めいている。

「で、結局鎌鼬の姿で辻斬りの真似事よ。こんなことしてたら、こっちでも協会に目をつけられるってわかってはいたんだけど……」

「そうだったんだ」

「あたしは当初の目的をないがしろにして、髪を切ることに夢中になってた。あやかしのサガなのかな」

「サガ?」

 生まれ持った性質、ということだろうか。

「そ、鎌鼬かまいたちって『切る』あやかしでしょ。小豆あずき洗いが小豆を洗うのを止められないみたいに、鎌鼬も切ることからは逃れられないのかもしれない。切っても切れない己の性質よ。――あ、あたし今うまいこと言ったね」

「そうだね。だとしたら、美容師や理容師は天職じゃないか」

「……ならいいんだけどね」

 小町こまちの表情が少しだけ憂いを帯びる。

「何か気にかかることでもあるの?」

「あたしは、髪を切っていれば満足だけど……」

「だけど?」

 小町は束の間黙り込み、

「ううん、やっぱりなんでもない」と、ゆるく首を振った。

 あたし「は」と小町は言った。

 ということは、青葉あおば白鷹はくたかは違うのだろうか。人やあやかしの髪を切る毎日に、満足していないのだろうか。

 いずれにせよ、これ以上は踏み込めないと思う。

 あやかしが人の世で折り合いをつけて生活していくのは、きっと氷魚の想像など及びもつかないほど大変に違いない。

「――それで、小町は100人切るまで帰らないの?」

「……今はまだ、考えられない。でも、このままじゃ帰れない」

 なぜそこまで()くのだろう。あやかしの時間の流れは人とは違う。もっと長い目で見てもいいのではと思う。

「そんなに焦る必要、ある?」

「あるよ」

 即答だった。

「どうして」

「あたしたちは見た目が変わらないから、一所ひとところには留まれない。せいぜい10年、長くても20年くらいでお店をたたんで別の地に移動する、っていうのを繰り返してきた。泉間にはまだいられるけど、ずっとは無理」

「あ……」

 そこまでは考えなかった。確かに、同じお店の店員が何十年も姿が変わらなかったら、誰だって不審に思うだろう。

茉理まつりさんもね、いつまで泉間にいるかわかんないし」

「そっか……」

 永遠に近い時間を生きるあやかしたちでも、別れがないわけではない。それどころか、人よりも長い時間を生きるがゆえに、たくさんの別れを経験するのかもしれない。

「ちょっと。なんで氷魚ひおが悲しそうな顔をするの」

 小町は笑って氷魚を肘でつつく。

「別に今すぐどうこうってわけじゃないからさ。ね?」

「――うん」

 気を遣わせてしまったようで申し訳なく思う。

 氷魚は気を取り直し、

「ひとまずは今晩の宿だね。いさなさん家以外で」と努めて明るく言った。

「当てはあるの? もしかして、氷魚の家とか?」

 可能ならそれが一番手っ取り早いが、残念ながら無理だ。

「ごめん。うちは一般家庭で、家族はあやかしや怪異について何も知らないんだ」

 わけあって修行の旅に出ている鎌鼬の女の子を泊めたいんだ、などと言ったら、どんな顔をされるかわかったものではない。

 氷魚は家族を信じているし、家族も氷魚を信じてくれていると思うが、それは家族共通の常識の範囲内でのことだ。

 あやかしや怪異は、間違いなく父と母、そして姉の常識の範囲外に位置している。

「氷魚の彼女ってことにすれば? いないでしょ、彼女」

 どうして決めつけるのか。いないけど。

「……小町をあやかしだって紹介するより大騒ぎになるよ」

「それはそれで見てみたい」

「勘弁してくれ」

 氷魚は携帯端末を取り出した。

「あ、まさかいさなに」

「違うよ。当ては一応あるんだ。弓張ゆみはりさんに訊いてみようかと」

「ちょいちょい名前を耳にするけど、誰?」

 小町は奏の顔と名前が一致していないらしい。

「昨日一緒にいた金髪の女の子。眼鏡をかけてた」

「ああ、あのなんか妙に気配が薄い子ね。さっき氷魚は茉理さんの弟子って言ってたっけ」

 小町の反応を見るに、「あの」弓張奏とは気づいていないようだ。奏の正体を知ったら、小町は一体どんな反応をするだろう。

「そう。どうする? 弓張さんだったら秘密は守ってくれるよ」

「あたしの知らない茉理さんの話を聞きたいな。お願いしてもいい?」

 寝る場所よりもそっちなのかと苦笑しつつ、氷魚は奏に電話をかける。


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