あやかしのサガ①
「にしても、なんで鳴城なのさ。泉間の方が人が多いだろ」
「地元じゃさすがにね。顔見知りに会うかもしれないし。泉間からそこそこ近くて、ほどほど田舎の鳴城がいいと思ったの」
「なるほど」
遠征みたいなノリだったのかもしれない。
「ホントは、不意打ちなんかじゃなしに、声をかけて切らせてもらおうと考えてたんだ。でも、勇気が出なかった。いきなり、『あなたの髪を切らせて』なんて、変な人すぎるからね」
想像してちょっと怖くなった。黄昏時に「髪を切らせて」と声をかけてくる少女なんて、いかにも都市伝説めいている。
「で、結局鎌鼬の姿で辻斬りの真似事よ。こんなことしてたら、こっちでも協会に目をつけられるってわかってはいたんだけど……」
「そうだったんだ」
「あたしは当初の目的をないがしろにして、髪を切ることに夢中になってた。あやかしのサガなのかな」
「サガ?」
生まれ持った性質、ということだろうか。
「そ、鎌鼬って『切る』あやかしでしょ。小豆洗いが小豆を洗うのを止められないみたいに、鎌鼬も切ることからは逃れられないのかもしれない。切っても切れない己の性質よ。――あ、あたし今うまいこと言ったね」
「そうだね。だとしたら、美容師や理容師は天職じゃないか」
「……ならいいんだけどね」
小町の表情が少しだけ憂いを帯びる。
「何か気にかかることでもあるの?」
「あたしは、髪を切っていれば満足だけど……」
「だけど?」
小町は束の間黙り込み、
「ううん、やっぱりなんでもない」と、ゆるく首を振った。
あたし「は」と小町は言った。
ということは、青葉と白鷹は違うのだろうか。人やあやかしの髪を切る毎日に、満足していないのだろうか。
いずれにせよ、これ以上は踏み込めないと思う。
あやかしが人の世で折り合いをつけて生活していくのは、きっと氷魚の想像など及びもつかないほど大変に違いない。
「――それで、小町は100人切るまで帰らないの?」
「……今はまだ、考えられない。でも、このままじゃ帰れない」
なぜそこまで急くのだろう。あやかしの時間の流れは人とは違う。もっと長い目で見てもいいのではと思う。
「そんなに焦る必要、ある?」
「あるよ」
即答だった。
「どうして」
「あたしたちは見た目が変わらないから、一所には留まれない。せいぜい10年、長くても20年くらいでお店をたたんで別の地に移動する、っていうのを繰り返してきた。泉間にはまだいられるけど、ずっとは無理」
「あ……」
そこまでは考えなかった。確かに、同じお店の店員が何十年も姿が変わらなかったら、誰だって不審に思うだろう。
「茉理さんもね、いつまで泉間にいるかわかんないし」
「そっか……」
永遠に近い時間を生きるあやかしたちでも、別れがないわけではない。それどころか、人よりも長い時間を生きるがゆえに、たくさんの別れを経験するのかもしれない。
「ちょっと。なんで氷魚が悲しそうな顔をするの」
小町は笑って氷魚を肘でつつく。
「別に今すぐどうこうってわけじゃないからさ。ね?」
「――うん」
気を遣わせてしまったようで申し訳なく思う。
氷魚は気を取り直し、
「ひとまずは今晩の宿だね。いさなさん家以外で」と努めて明るく言った。
「当てはあるの? もしかして、氷魚の家とか?」
可能ならそれが一番手っ取り早いが、残念ながら無理だ。
「ごめん。うちは一般家庭で、家族はあやかしや怪異について何も知らないんだ」
わけあって修行の旅に出ている鎌鼬の女の子を泊めたいんだ、などと言ったら、どんな顔をされるかわかったものではない。
氷魚は家族を信じているし、家族も氷魚を信じてくれていると思うが、それは家族共通の常識の範囲内でのことだ。
あやかしや怪異は、間違いなく父と母、そして姉の常識の範囲外に位置している。
「氷魚の彼女ってことにすれば? いないでしょ、彼女」
どうして決めつけるのか。いないけど。
「……小町をあやかしだって紹介するより大騒ぎになるよ」
「それはそれで見てみたい」
「勘弁してくれ」
氷魚は携帯端末を取り出した。
「あ、まさかいさなに」
「違うよ。当ては一応あるんだ。弓張さんに訊いてみようかと」
「ちょいちょい名前を耳にするけど、誰?」
小町は奏の顔と名前が一致していないらしい。
「昨日一緒にいた金髪の女の子。眼鏡をかけてた」
「ああ、あのなんか妙に気配が薄い子ね。さっき氷魚は茉理さんの弟子って言ってたっけ」
小町の反応を見るに、「あの」弓張奏とは気づいていないようだ。奏の正体を知ったら、小町は一体どんな反応をするだろう。
「そう。どうする? 弓張さんだったら秘密は守ってくれるよ」
「あたしの知らない茉理さんの話を聞きたいな。お願いしてもいい?」
寝る場所よりもそっちなのかと苦笑しつつ、氷魚は奏に電話をかける。




