髪のまにまに㉓
後は任せた、と道隆は再び奥に引っ込んでしまった。
いさなに魔導具の提供はしても、怪異絡みの事件にはあまり関与しないのが道隆のスタンスらしい。妹を信じているのか、それとも我関せずなのか。いずれにせよ、マイペースな人である。
「道隆の真似をするわけじゃねえが、マジで台風みたいな娘だったな」
居間に移動するなり、いさなの影から凍月が飛び出した。そのまま氷魚の肩に跳び乗る。
「凍月さん、今までどうしてたんですか?」
いさなは大丈夫と言っていたが、小町ともみ合った際にどこか怪我でもしたのではと密かに心配していたのだ。
「俺が出たら話がこじれるかと思って、黙ってたんだよ」
納得した。昨日のやり取りを見ればわかる。凍月と小町は水と油だ。お互い我が強くて、ぶつかり合ったら反発必至だと思う。
「空気を読んでくれて助かったわ。それじゃ、わたしはお茶を淹れてくるから」
言って、いさなは居間を出ていく。
凍月がいてくれるものの、初対面の青葉と取り残されてちょっと気まずい。
とはいえ、いさなはすぐに戻ってくるだろう。そんなに身構える必要はないと思い直した。
「座って待ってましょうか」
氷魚は率先してちゃぶ台の前に座った。青葉は向かいに正座する。
失礼にならない程度に、氷魚は青葉の様子を窺う。おしとやかな淑女然といった雰囲気だが、鎌鼬と知った後だと、どこか鋭さも感じる気がする。
そんな青葉の視線は、さっきから氷魚の肩に乗ったままの凍月に注がれていた。かわいいあやかしだ、とでも思っているのだろうか。
「なんだよ鎌鼬の姉ちゃん。俺の顔に何かついてるかい」と、凍月が口を開いた。
「遠見塚の者の影に宿るあやかし。あなたはもしや、凍月様ですか」
虚を衝かれたのか、凍月の反応は一拍遅れた。
「――そうだけど、様はいらねえよ。あの台風娘は俺のことを知らなかったが、あんたは知ってるみたいだな」
「もしや、あの子が何かご無礼を?」
「たいしたこたぁない。化け猫呼ばわりされたくらいさ」
「も、申し訳ありません。妹が失礼を……」
青葉は慌てて頭を下げた。
「もう気にしてねえよ。実際、小動物みたいななりだしな」
凍月は器用に前足を広げてみせた。
「凍月さん、やっぱり有名なんですね」
「どうだか。まあ、俺のことはどうでもいい」
氷魚が言うと、凍月はふいとそっぽを向いた。
今回に限ったことではないが、凍月は自分の昔の話をほとんどしない。触れられたくないのかもしれない。なので、気にはなるが、氷魚もあえて突っ込んで訊いたりはしなかった。
「お待たせしました」
会話が途切れたところで、いさなが戻ってきた。
「どうぞ」とちゃぶ台にお茶とお菓子を置いて、自身は氷魚と青葉の中間辺りに座る。
「ありがとうございます」
礼を言って、氷魚はお茶を一口飲んだ。高級感あふれる味だ。家のお茶とは全然違う。きっといい茶葉を使っているのだろう。道隆の趣味かもしれない。
「おいしいですね」
お茶を飲み、青葉はほうっと息を吐いた。
「兄が常備してるんです。いいお茶を飲むと心が落ち着くからって」
「なるほど……。うちもたまには奮発しようかしら」
「青葉さんの家は、お店をやってるんですか?」
氷魚が訊くと、青葉は驚いたように目を見開いた。
「まさか、小町が教えたんですか?」
「いえ。小町と白鷹さんの会話の中で出てきたので」
「――あ、ああ。そっか。そうでしたね」
青葉の顔がわずかに赤らむ。かわいらしい反応に自然と頬が緩んでしまう。が、無言のいさなの視線を感じ、氷魚はすぐさま真顔に戻った。
「ここからはおれの推測なんですが、美容院ですか」
青葉は再び瞠目する。
「当たり。美容院と理容院を兼ねているお店です。けど、どうしてわかったんですか?」
「小町が持っていたハサミがプロ用のものに見えたので」
「――あの子、自分のハサミを持ち出したのね。でも、それだけで?」
氷魚はゆるりと首を横に振る。
「もしかしたらと思ったのは、ついさっきです。お店という言葉を聞くまで、意識してませんでした」
先ほどはバタバタしていてゆっくり考える暇がなかったが、こうして落ち着いてみると色々なことが繋がってくる。
「青葉さんは、小町が鳴城で何をしていたかご存知ですか?」と氷魚は訊いた。
「いいえ、まだ何も聞いてません」
小町に許可を取らずに話すのは気が引けるが、いずれ知れることだ。小町には後で謝ろうと思う。
「人間の髪を切って回ってたんです。辻斬りならぬ、辻髪切りです」
「そんな。あの子、違うあやかしみたいなことを……」
なぜ小町は不意打ちで人の髪を切って回っていたのか。なんで自分のハサミを持ち出したのか。そして、どうして家出したのか。
「小町は、お店でお客さんの髪を切っていますか」
「……それは」
青葉が言葉に詰まる。その反応だけで十分だった。あとはもう、無理に訊く必要はなかった。




