髪のまにまに㉒
「白にい、青ねえ? どうして……?」
小町が大きく目を見開く。人かあやかしかはまだわからないが、どうやら2人は小町の知り合いらしい。
「あなたを迎えに来たのよ。小町」
女性が口を開く。やさしい口調だった。
「なんで……」
そこで小町は何かに気づいたようにいさなをにらみつける。
「いさな、協会に連絡したのね!」
「わたしじゃない。信じてって言っても無理そうだけど……」
「一体何の騒ぎだい」
話し声を聞きつけたのか、奥から作務衣姿の道隆がのっそりと姿を現した。
「ん? そちらの2人はどちらさま?」
「名乗るのが遅れました。小町の姉の青葉と申します」
「兄の白鷹です」
2人は揃ってきれいな姿勢で頭を下げた。
「なるほど。鎌鼬3きょうだいか」
道隆がうなずく。
氷魚も合点がいった。2人は小町のきょうだいだったのだ。
場所によって、鎌鼬は3人の神様と見なされているところもあると、昨日の夜寝る前に調べて知った。奏と凍月も話していたことだ。
1人目が対象を転ばせて、2人目が素早く切り、3人目が薬を塗って立ち去る。薬のおかげで、切られても出血しないのだという。薬は河童の妙薬みたいなものなのかもしれない。
どうして人を切りつけるのか、という理由は、氷魚が読んだサイトには書いてなかった。
「兄さん、一応聞くけど、協会に連絡した?」
いさなが尋ねると、道隆はとんでもないというふうに首を横に振った。
「なんで僕がわざわざそんな面倒なことをするんだ」
「だよね。――ねえ小町、わたしと兄さんは、協会にあなたのことを言ったりなんかしてないよ」
「うそ。だったらなんで2人がここに来たの?」
小町はいさなに疑いの目を向ける。
氷魚はもちろんいさなと道隆が協会に連絡したとは思っていない。2人は小町を裏切るような真似は決してしないからだ。
だが、小町が、いさなと道隆のどちらか、あるいは2人が揃って告げ口したと考えるのも仕方がないとも思う。昨日出会ったばかりの人間をすぐに信用するのは難しいだろう。
「それは――」
小町に詰め寄られ、いさなは困ったように青葉と白鷹に目を向ける。
「俺たちは、協会から連絡を受けてきました」
「やっぱり!」
白鷹の言葉を聞き、小町は身体に怒りの気配を充満させる。テレビで観た威嚇するハリネズミを連想する。昨夜いさなが言った通りだった。
なだめようにも、部外者同然の氷魚が口を挟んだら、余計悪化させてしまう可能性があった。
氷魚がハラハラしながら見守っていると、道隆がのんびりした口調で、
「ちょっと待って。協会って、誰から? 所属部署は?」と尋ねる。
「いえ、そこまでは……。電話ではただ、協会の者としか」
「協会の名を出したから、信用したのですが……。現に小町はこうしてこのお家にいたわけですし」
白鷹と青葉は顔を見合わせてから、そう言った。
「妙だな。所属くらいは言うはずだけど」
道隆は顎をさする。考える時の仕草がいさなと同じで、やっぱり兄妹なんだなと思う。
「なんにせよ、私たちは妹と一緒に帰らせてもらいます。ご迷惑をおかけしました。――ほら、こまっちゃん、帰るよ」
静かだが、有無を言わさぬ青葉の口調だった。
「嫌。あたし、帰らない」と小町はそっぽを向く。
「小町」
「あたしがいなくてもお店は回るでしょ。それよりいいの? 2人してほっぽり出して来ちゃって。きっと、お客さん困ってるよ」
「今日は休みにした。迷惑をかけている自覚があるのなら、わがままを言ってないで帰ろう」
白鷹は諭すように言う。
「――ごめん。それでも、あたしはまだ帰れない」
わがままだという自覚はあるのだろう。それでも譲れないものが小町にはあるらしい。
「なんで……」
「青ねえと白にいには、きっとわからないよ」
小町はぐっと唇を噛みしめると、瞬時に鎌鼬の姿に転じた。そのまま目にもとまらぬ速さで、ドアが開いたままの玄関から外に飛び出す。咄嗟のことで、誰も反応できなかった。
「白鷹、追いかけて!」
一拍置いて、真っ先に我に返った青葉が言った。
「わかった」
鎌鼬の姿に転じた白鷹が小町の後を追って駆けていく。あっという間に見えなくなった。
「やれやれ。鎌鼬は旋風に乗って現れるって言うけど、あの子はまるで台風だね」
「兄さん、言い方」
いさなにたしなめられるように言われ、道隆は肩をすくめた。青葉が頭を下げる。
「重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、そんな、こちらの方こそ……」
いさなも頭を下げる。それから、道隆に目を向けた。
「ねえ、兄さん」
「ああ、わかってる。上がってもらうといい」
「ありがとう。――青葉さん、でしたね。よければ、お茶でも飲んでいきませんか」
「ですが……」
「どのみち、白鷹さんたちを待つ必要がありますよね。朝からいろいろあってお疲れでしょう。中で少し休んでいてください」
青葉は順繰りに氷魚たちを見やり、静かに頭を下げた。
「そう、ですね……。では、お言葉に甘えて」




