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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに⑱

「――そう、わかった。ところであなた、泊まるところはあるの?」

 詰問口調から一転、いさなはやさしい声で訊いた。

「……その辺の廃屋」

「もしかして、鳴城なるしろに来てからずっと?」

「ええ、悪い?」

 暗くてよく見えないが、少女は少しばかり汚れていた。ほぼ野宿同然だったのかもしれない。初めて出会った時の耀太ようたを思い出す。

 どの程度暑さ寒さに耐性があるのかは当然あやかしによって違うだろうが、そろそろ冷え込んでくる時期に、隙間風が吹き込んでくるような廃屋で眠るのは快適とは言えないと思う。

 となると――

「なるほど。じゃあ、うちに来るといいわ」

 予想通りだ。いさなだったら絶対にそう言うと思った。

「――は? なんでそうなるのよ」

 少女は呆気に取られたように言った。

「さっき言ったでしょ。わたしは協会の者なの。はぐれあやかしを野放しにはできない」

 また初めて聞く単語が出てきた。察するに、協会が把握していないあやかしのことだろうか。

「あたしは、はぐれあやかしなんかじゃ……」

「だったら、協会に連絡して身元の確認をしなくちゃね」

「う……。それは、ちょっと困る」

 いさなの一言に、少女は明らかな動揺を見せた。お巡りさんに補導された家出少女みたいだと思う。

「いずれにしても、あなたを放ってはおけないよ。このまま辻斬りみたいなことを続けていたら、協会に連絡が行くのは確実だから」

「わかってるわよ、そんなこと」

「まあ、無理に来いとは言わないけどね。わたしなんかと比べ物にならないくらいおっかない退治屋が派遣されるかもしれないけど」

「そうですよ。先輩はやさしい方です」

「そうか?」

 凍月いてづきが首をかしげたが、いさなとかなでは黙殺した。

「む……う」

「うちに来るなら、温かい食事もごちそうするよ」

 悩む少女にいさなはだめ押しをした。それが決め手になった。

「――数日! 数日だけ、お世話になるわ」

 飢えていたに違いない。少女の目は隠しようがないくらい輝いていた。

「うん、決まりね」

 うなずいて、いさなは微笑みを浮かべる。

 どうやら、空腹時の温かい食事に抗うのが難しいのは人もあやかしも同じらしい。


 遠見塚家のやたらとでかい風呂を出た氷魚は、自分の服に着替えた。

 時間が遅いのと、メイク落としもあったので、鎌鼬かまいたちの少女共々遠見塚家に泊まることになったのだ。

 家にはすでに連絡を入れてある。部活の都合と言ったらあっさり納得してもらえた。明日が休みだったのも幸いだった。

 奏も泊まりたがっていたが、耀太を1人にしてはおけないということで、自分の家に帰っていった。

 氷魚は鏡を覗き込む。映っているのは慣れ親しんだ自分の顔だ。他人の顔みたいでずっと気が張っていたが、ようやく人心地ついた。

「お風呂、ありがとうございました」

 台所に顔を出した氷魚は、調理をしていたいさなに声をかけた。

「すっかり元の氷魚くんね。また女装したくなったら言って。いつでも服を貸すから」

 氷魚は頬を撫でて苦笑する。

「遠慮しときます。メイク落としも楽じゃなかったので」

 メイクをしたり落としたり、女性は毎回大変だと思う。

「そう、残念。――と、ごはんができたら呼ぶから、居間で待っていてくれる?」

 台所にはいい匂いが漂っている。氷魚は空腹を自覚した。

「わかりました」

 すきっ腹にちょっと遅めの晩ご飯、しかもいさなの手作り。楽しみだ。


 居間に行くと、氷魚の前に風呂に入った鎌鼬の少女が大きなちゃぶ台の前でくつろいでいた。いさなの物なのか、寝間着を着ている。

「――? あんた、この家の子?」

 氷魚に気づいた少女は訝しげな顔をした。

「違います」

「じゃあ、誰よ」

「さっき、あなたが髪を切ろうとしていた人間ですよ」

「は? あんた男だったの?」

 少女は目を見開いた。無理もない。氷魚自身、メイク後の自分は自分じゃないみたいだと思っていたのだ。

「ええ」

「は、いい趣味してるわ」

 どうやら、誤解があるらしい。

「あれは囮のためです。女装自体を否定する気はないけど」

「どういうこと?」

「女装を趣味にしている人を否定する気はないってこと」

「変だ、とか、気持ち悪い、とか、思わないの?」

 氷魚はかぶりを振る。

「おれは女装するのにちょっと抵抗があったけど、いろんな人がいますから。いろんなあやかしがいるみたいに」

「いろんなあやかしっていうと?」

「そうですね。たとえば、肌ではなく人の髪を切るような鎌鼬、とか」

「言うじゃない」

「何か事情があったんでしょうね」

「――ねえあんた、名前は?」

「橘氷魚」

「氷魚か。あたしは小町こまちっていうの」

「小町さんですね」

「さんはいらない。あと、堅苦しい言葉遣いも無し」

「でも……」

 年上だとアピールしていたのは小町である。

「いいから。わかった?」

「――わかったよ、小町」

 どうやら、下手に粘らない方がよさそうだ。

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