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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに⑯

 迷路のような路地裏、打ち捨てられて久しい廃屋の敷地内、管理しているのか疑わしい荒れた墓地――

 自分が住んでいる街に、よくもまあこんなに不気味で怖いところがいくつも隠れていたなと半ば感心、半ば恐怖しながら、氷魚ひおはお手製の地図に従い、いさな曰く「怪異遭遇期待値が高い場所」を女装したまま練り歩いた。

 近くにいさなとかなでが控えてくれているとはいえ、囮として歩く時は氷魚1人である。不安はどうしたってぬぐえない。

 夜の闇が深まるごとに知り合いに出くわす確率は減っていくが、代わりに純粋な恐怖が増していく。かぶっているのはカツラとはいえ、知らぬ間にバッサリやられたらと思うと、やたらと後ろが気になって仕方ない。まさか首まで切られはしないだろうが。

 加えて、恐怖の対象は髪切りの怪異だけではなかった。

 墓石の隙間から無数の触手が生えたバケモノが這い出てきたらどうしようと思うし、路地裏の曲がり角を曲がった瞬間、槍を持ったカエルのバケモノが仁王立ちしていたら自分は絶対悲鳴を上げると思う。

 そうして猫背でびくびくしながら歩き回ること数時間、潰れたパチンコ店の裏道から出てきた氷魚は、だいぶ消耗していた。

「時間的に、次で最後にしましょうか」

 そんな氷魚の様子を見かねたのか、いさなは気遣うように言う。

「いえ、まだまだ行けますよ。回れるだけ回りましょう」

 氷魚は背筋を伸ばす。見栄を張るくらいの意気地はかろうじて残っていた。怖がっていたのは今更隠しようもないが、なけなしの矜持だ。

「ひーちゃん、疲れた顔してるよ。慣れない女装に夜歩きで神経使ったでしょ。そろそろ切り上げた方がいいと思うよ」

「う……」

 奏にじっと見つめられ、氷魚はたじろぐ。暗くても奏の目はごまかせない。奏の紅い瞳に、氷魚はさぞぐったりした顔で映っているに違いなかった。

「……うん。じゃあ、次で最後で」

 虚飾を剥がしてしまえば、本音はあっさりこぼれ出る。さっさと帰ってメイクを落として温かい風呂に入って眠ってしまいたい。それが今の氷魚の希望だった。

「そうね。だったら――」

 いさなが地図を広げ、奏が横から懐中電灯で照らす。

「今いる場所から近いし、ここにしようか。『潰れた理容店がある路地』」

 どこの街にも本当に営業しているのか怪しい理容店や、潰れてそのままになっているのであろう理容店が存在している。鳴城も例外ではない。

 いさなが指さしたのは、そんな元理容店のある路地だった。

「噂では、夜、この路地を通ると、どこからともなく髪を切る音が聞こえてくるんだって。いかにもだね」

「髪切りの怪異以外の何かも出てきそうですね!」

 女子2人が張り切っている一方で、氷魚は頬をひきつらせた。

 最後の最後でまた恐ろしい場所が出てきた。仮に巨大なハサミを持ったバケモノが追っかけてきたら、腰を抜かす自信がある。

 自分が頭の中で作り出した見たこともないバケモノに、氷魚は恐怖した。あやかしの中には、こういう人間の想像力から生まれた個体もいるのだろうか。

「どうする、氷魚くん。きついなら日を改めようか」

 いさなから「やめよう」という提案が出てこないのは、つまり、どうあっても行かなくてはいけない場所ということだ。

 ならば、できるだけ早い方がいい。自分がひるんでいるうちに、新たな被害者が出ないとも限らない。

「いえ、行きましょう」

 カツラを撫でつけて、氷魚は言った。

「――わかった。安心して。何が出てもわたしたちが守るからね」

 心強い、いさなの言葉だった。


 問題の潰れた理容店がある路地は、静まり返っていた。夜空には秋の月が淡く輝いており、猫の子一匹いない路地を控えめに照らしている。

 氷魚は懐中電灯を強く握りしめた。

 シャッターが下りたままになっているお店や、人が住んでいるのかわからないひっそりした家屋が軒を連ねる路地を、ゆっくりと歩く。

 いくらも歩かないうちに赤、白、青のサインポールを見つけた。理容店の店先に置かれているものだ。

 当然のように回転していないサインポールは所々カバーが割れており、どこか物悲しい。

 氷魚は懐中電灯の光を建物に向けた。錆びついた看板には、『島田理容店』と書かれている。

「ここか」

 思わず独り言が漏れた。

 耳を澄ます。シャッターが下りた店内からは、物音ひとつ聞こえてこない。

「まあ、そうだよね」

 そうそう怪異なんて遭遇するものではない。安堵した一方で、少し落胆したのも事実だった。

 ――って、おれは一体何を期待したんだ。

 怖いもの見たさとでもいうのか。新たな怪異に出くわすことを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。

 夜歩きのせいか、はたまた女装のせいか、気分が変な具合に高揚しているのだろうか。

 自身の複雑な胸中を測りかねた氷魚が歩き出した瞬間だった。

 ふと、肩に重みがかかった。

「小僧、頭を下げろ!」

 耳元で聞き慣れた凍月の声がして、氷魚は反射的に身を伏せた。


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