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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに⑮

「そろそろ夜ご飯の時間だけど、氷魚ひおくんと弓張ゆみはりさんはお腹減ってない?」

 いさなに問われて時間を確認すると、すでに午後6時を回っていた。

「若干減ってます」「あたしも」

 そういえば、夕食については決めていなかったなと思う。このまま夜まで鳴城なるしろを歩き回るのだと考えていた。

 家には部活の集まりで遅くなるとあらかじめ言ってある。いつも屋名池やないけに口裏を合わせてもらうのは悪いと思っていたので、部活動という大義名分? を得たのはありがたかった。

「だったら、どこかのお店でご飯を」「おれは外で待ってます!」

 さすがに女装したまま地元の飲食店に入る勇気はない。暗くなりかけている外を歩き回るのとは次元が違う。

「冗談だよ。コンビニで何か買って外で食べようか。歩きながらでもいい」

「あたしはピザまんがいいです」

 いさなの提案に、かなでが賛同する。

「それなら……」

 氷魚も、反対する理由はなかった。

「じゃあ氷魚くん、いえ、ひーちゃん。買い出しよろしく。わたしは焼きそばパンね」

 そう言って、いさなは実に素敵な笑みを浮かべた。冗談を言っているようには見えなかった。

「い、いさなさん……?」

「この近くにゴーソンがあったね。あたしはピザまんとからあげさんのレッド。あとGチキンの竜田でよろしく。あ、デザートにシュークリームも」

 奏が便乗する。

「鶏肉がかぶってる。……って、そうじゃなくて」

「わかってる。冗談だってば。ですよね、先輩?」

「え?」

「え?」

 奏としばし見つめ合っていたいさなはおかしそうに笑い、

「そうだね。ごめん氷魚くん、ちょっとからかいたくなった」と言った。

 氷魚はどっと脱力する。本気なのかと思った。

「買い出しはあたしが行ってきますよ。ひーちゃんは何がいい?」

「……肉まんとあったかいお茶で」

「了解。先輩はどうします?」

「がっつりめの総菜パンと、あればコロッケとメンチカツでお願い。飲み物はほうじ茶がいいな」

 リクエストが完全に体育会系のそれだ。

「足りますか?」

「後できちんと夕食を食べるから」

「わかりました」

 うなずいて、奏は足早に買い出しに向かった。

「座って待ってようか」

 いさなに促され、公園内に戻った氷魚はベンチに腰掛ける。木のベンチは所々ささくれ立っていて、いさなから借りたスカートを傷つけないように気を遣う。

「ごめんね、氷魚くん。悪ノリしちゃって」

 氷魚の隣に座ったいさなが口を開いた。

「いえ、いいですけど……」

 思えば、いさなとこうして2人きりになるのは久しぶりな気がする。

 といっても、正確には凍月いてづきがいるのだが。

「あれ、そういえば、凍月さんが静かですね」

 奏の家を出てから、声を聞いていない。

「ああ、影の中に入ってるよ。眠いんだって」

「え、具合が悪いんですか?」

 あやかしも風邪を引いたり、病気になったりするのだろうか。

「ううん。たまにね。あるんだ。病気とかじゃないから安心して」

「なら、よかった」

 それきり会話が途切れた。

 いさなといる時は、沈黙が気にならない。間を埋めるために無理に話しかける必要がないのだ。他の人だとこうはならないのに、不思議だ。

「ねえ氷魚くん。氷魚くんのクラスは、文化祭でなにやるの?」

 沈黙を破ったのは、いさなだった。

 中間テストも終わり、鳴高はお祭りムードに包まれつつある。10月の文化祭に向けての準備が始まるからだ。

「喫茶店が今のところ優勢ですね。お化け屋敷の案もあったんですが、準備がめんどいっていう声が多数で、選ばれなさそうです」

「喫茶店だとしたら、氷魚くんはウェイトレスかな?」

「ですね。……って、やりませんよ」

「それは残念。似合ってるのに」

「――いさなさんのクラスは?」

「休憩所。うちのクラス、あんまり結束力がないから。1年の時とおんなじ」

 いさなは、少し寂しそうに言った。

 鳴高文化祭はクラスごとに出し物があるが、強制参加ではない。そのため、休憩所という形でパスすることも可能だった。

「いさなさんは、何かやりたいことはないんですか? キョーカイ部として」

「そうだね」

 そこで、いさなはちらと氷魚を見た。

「どうかしました?」

「――いえ、別に。キョーカイ部としては、星山くんが号外を作るって張り切ってるよ」

「そうですか……」

「あ……。で、でね。氷魚くん」

「お待たせしました!」

 いさなが何か言いかけたところに、奏が戻ってきた。両手に大きなビニール袋を持っている。一体どれだけ買ったのか。

「ありがとう、弓張さん」

「腹ごしらえしたら、さっそく次の場所に向かいましょう!」

 夜が近づくにつれ、奏は元気になっていくようだ。あまり意識してなかったが、やっぱり夜型なのかもしれない。

 いさなは袋から焼きそばパンを取り出し、おいしそうに食べ始める。


 結局、いさなが何を言いかけたのかは、訊けずじまいだった。

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