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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに⑭

「お疲れ様。第一候補だったけど、ここはハズレだったみたいね」

 氷魚ひおが公園の外に出ると、いさなとかなでが待っていた。

たちばなくん……いや、ひーちゃん、ブランコが好きなの?」と奏が言う。

「見てたの? っていうか、ひーちゃんて」

「その外見で君付けじゃまずいでしょ。かといって氷魚ちゃんっていうのもね」

 思えば、父も母も姉も氷魚のことをずっと「氷魚」と呼んでいた。家族にも友達にも、愛称やあだ名で呼ばれたことは一度もない。

 小学生の頃、あだ名で呼ばれるクラスメイトに羨望の目を向けていたのを思い出した。あだ名をつけられるのは、なんだか特別な気がしていたのだ。

 そう考えると、ひーちゃんでも悪くないかもしれない。

「……まあ、なんでもいいけど」

 奏はにっと笑うと、公園の中へと走っていった。

「あ、弓張ゆみはりさん」

 急にどうしたのだろうか。氷魚といさなが追いかけると、奏はブランコの前にいた。

 ローファーを脱ぎ、ブランコの上に立つ。それから、奏は立ち漕ぎを始めた。鎖がぎしぎりと軋む。

「あ、危ないよ」

「平気平気」

 そのまま一回転するのではないか、というくらい勢いがついたところで、奏は鎖から手を離した。空中に高く飛び上がった奏は、身体を丸めてくるくると回転する。きれいな弧を描き、奏は公園の地面にほれぼれするような着地を決めた。

「さすがだね。でも、突然どうしたの」

「一回やってみたかったんだ。ブランコでジャンプするの」

 そう言って、奏は嬉しそうに笑った。

「なんでまた」

「母さんに止められていたの。『目立つことはするな』ってね。力いっぱいブランコを漕ぐのもだけど、運動会で思いっきり走ったりするのもNGだった」

「……もしかして、ダンピールだから?」

「そうそう。母さん、人の目があるところではあたしに厳しかったんだ。子どもの頃って、力の加減がわからないから」

「ああ、そっか……」

 人より優れた身体能力を持つダンピールだが、人の世で生きる限り、制約を受けざるを得ない。

 それはダンピールに限った話ではなく、人と一緒に生活しているあやかし全般に言えることだろう。

「けど、その分、父さんに連れて行かれた山の中では思う存分暴れられたな。素手でイノシシを倒したりね。思えば、いいガス抜きになってたのかも。父さんが意識してたかどうかは知らないけど。――時々、無性に、人の目を気にせず身体を動かしたくなるのは、あたしのあやかしとしてのサガなのかもね。暴力性も含めてさ」

 奏は拳を握り、じっと見つめる。

 暴力性――奏は、その小さな拳で殴った男のことを思い出しているのだろうか。奏が、女優の道から逸れるきっかけになった事件のことを。

「――やっぱり、窮屈だって思ったりしてた?」

 氷魚が問うと、奏は首を横に振った。

「お芝居で発散できてたから」

 奏にとって、自分と違う誰かを演じることは、内なる衝動を外に逃がすことと繋がっていたのかもしれない。

 じゃあ、今は? とは訊けなかった。そんな氷魚の心中を読んだのか、

「今は、協会のお仕事があるから大丈夫。ひーちゃんたちと一緒にいるのも楽しいし」と、奏は笑ってみせた。

「なら、いいんだけど」

「――っと、ごめん。時間取らせちゃったね。先輩、すみませんでした」

「ぜんぜん。構わないよ」

「次はどこに行きます?」

 氷魚はポケットから地図を取り出した。

 鳴城の、妖気や負の思念が集まりやすそうな場所に印をつけた地図だ。事前にみんなで作ったものだった。

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