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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに⑫

「これ、本当に必要なのかな? カツラだけでいいんじゃ……」

 氷魚ひおが呟くと、間髪入れずにいさなとかなでが、「必要」と声を重ねた。有無を言わせない口調だった。

 夕方、奏の家のリビングである。

 椅子に座った氷魚は、奏によってメイクを施されていた。傍らでは、いさなと凍月いてづきが楽しそうに氷魚を見ている。その隣では、耀太ようたが気の毒そうな顔をしていた。

 なんだかいたたまれなくなって身じろぎすると、「動かないで」と奏に怒られた。

 氷魚には名前もわからない様々なメイク道具を駆使してメイクを施す奏は、いつにない真剣さだった。

「ご、ごめん」

 どうしてこうなったのかというと、それは全部凍月のせいだ。


 凍月いてづきが考えた作戦、それは、氷魚ひおの女装だった。

 髪切りの怪異が思わず切りたくなるような髪型のカツラを装着し、負の思念が溜まりやすい場所を歩いておびき出す。

 そこまではいい。囮役を自分が務めることにも異論はない。いさなとかなでなら襲われてもやすやすと自分の髪を切らせはしないだろうが、万が一ということもある。だから氷魚がカツラを被って囮になるのが一番だ。

 だが、なぜ、女装なのか。

 男性の早良さわらが狙われたのだから、カツラだけでも十分なはずだ。女装の必要はない。

「長い髪の方が目立つし、だったら女装しかないだろ」とは凍月の言で、いさなと奏は即座に賛成したが、氷魚はどうにも腑に落ちない。もしかしなくても、「氷魚が女装した方が面白いから」という真の理由がカツラの隙間にでも隠れているのではないか。

 当然、氷魚は渋った。

 しかし、渋っていられない事態が起きた。早良から話を聞いた2日後に、3人目の被害者が出てしまったのだ。今回も怪我はなかったが、髪を切られた被害者はショックで寝込んでしまったらしい。

 もはや氷魚に選択の余地はなかった。これ以上被害を広げるわけにはいかない。自分の女装で鳴城市民の髪が守られるのなら、この身を差し出そう。

 悲壮な決意と共に、氷魚は女装に同意したのだった。


 しかし――

 ここに来て疑問に思う。

 やっぱり、いさなたちは氷魚の女装を楽しんでいるのではないか。

 いや、邪推はよくない。

 氷魚は思い直した。

 いさなたちはプロなのだ。きっと深い考えがあるに違いない。

「できた。そして、これがウィッグね」

 すぽんと、頭にカツラがかぶせられた。いさなのような黒髪ロングのストレートヘアだ。自然な質感で、ぱっと見は本物の髪と見分けがつかない。

「すごい。氷魚くん、かわいいよ」

「どこのお嬢さんかと思ったぜ」

 いさなが笑いながら言って、凍月が冷やかす。

 氷魚は思い切りしかめ面をして見せた。

「そんな顔しないの。はい、鏡」

 奏が手鏡を差し出す。

 直視するのはためらわれたが、実のところ少しだけ興味もあった。

 己の元の顔を考えれば絶世の美少女になるなど天地がひっくり返ってもありえないが、二目ふためと見られないような面相になっていたとしてもそれはそれで一興だろう。笑い話のネタくらいにはなる。

 恐怖心と好奇心がまぜこぜになった気持ちを抱えて、氷魚は鏡を覗き込んだ。

「――」

 鏡に映っていたのは、少女か少年かで言えばぎりぎり少女と呼べるのが許容されるような、そんな顔だった。ここまで変わるのは驚きだ。元が凡庸だから、メイクでどうとでもなるのかもしれない。

「小僧、そこはうっとりしながら『嘘、これが、私……?』とか言うところだろうが」

「言いませんよ」

 新たな世界への扉は開いてはいない。

「にしても、弓張さん、メイクうまいね」

 いさながまじまじと氷魚の顔を見つめる。恥ずかしいのであまり見ないでほしい。

「スタイリストさんにコツを教えてもらったんです」

「やっぱプロってすごいんだな。小娘、不器用なのにな」

「凍月……」

「いいんです。事実だから。でも、練習すれば案外何とかなるものですよ。よかったら今度先輩にも教えましょうか」

「あんまりメイクとかしたことないんだけど」

「先輩は肌がきれいだから、きっと映えますよ」

「ホント? だといいな」

 女子2人は盛り上がっているが、こちらのテンションはさほど上がらない。鏡の中の自分が恨めしそうにこっちを見ている気がした。女の子の顔なのがまたなんとも言えない悲哀を漂わせている。

 氷魚は鏡を下ろすと、そっと細い息を吐きだした。

「その、氷魚殿、よく似合ってますよ……?」

 氷魚の気持ちを察したらしい耀太がおずおずと言う。ちょっと疑問形だった。

「慰めようとしていることに対してはありがとうって言うよ」

「よし、次はウィッグを切っていこうか」

 奏がハサミを持ってきた。プロが使うような本格的なハサミだ。このためだけにわざわざ用意したのだろうか。

 椅子の下に新聞紙を敷いた奏は、カツラを切っていく。切るだけなら氷魚がかぶっている必要はなさそうなものだが、鼻歌交じりにハサミを振るう奏が実に楽しそうなので黙っていた。

「こんなものかな」

 ほどなくして、奏は満足げに息を吐き出した。

「どうですか、お客様。こちらでよろしいでしょうか」

 氷魚は差し出された手鏡を覗き込む。

「いいと思う。これなら髪切りの怪異も食いつくよ」

 カツラは見事に野暮ったい髪型にカットされていた。ド田舎の、本当にここは営業しているのかと疑いたくなるような理容室から出てきたお客さんみたいだ。

「あたしが不器用なのが逆に幸いしたね」

 奏は笑うと氷魚の背中を小さな箒で払い、粘着テープを転がした。

「じゃあ、仕上げだね」

 いさなはリビングの隅に置かれていた袋を手に取った。いさなが持ってきたものだ。

「仕上げって、これで完成なのでは?」

「何言ってるの氷魚くん。肝心の装備がまだでしょう」

「装備?」

 猛烈に嫌な予感がする。

「じゃん」

 いさなが袋から取り出したのは、女物の服だった。

 氷魚は天を仰いだ。


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