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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに⑪

 ファミリーレストランを出た氷魚ひおたちは、早良さわらが髪を切られたという現場にやってきた。

 喫茶店の横の狭い道に入った途端、視界が狭まる。人が2人通るのがやっとといった感じの幅だ。

 鳴城ではない場所に迷い込んだような錯覚に陥る。心なしか気温も低くなった気がする。人気もなく、いかにも薄気味が悪い場所だった。

 早良はよく深夜にこんなところを通れるなと思う。豪胆なのだろうか。

「ここ、見通しが悪いですね。それに、なんか微妙に嫌な感じがします」

 かなでは寒そうに腕をさすった。

「場所が場所だから、負の思念が吹き溜まりやすいんでしょうね」

 言って、いさなは油断なく辺りを見回す。

「あ、以前、いさなさん言ってましたね。あんまり人の負の思念が溜まりすぎると、人工の心霊スポットになるって」

 氷魚が言うと、いさなは嬉しそうに微笑んだ。

「そうそう、覚えていてくれたんだ」

「忘れるわけないですよ」

 氷魚がいさなと出会ってさほど経ってない時に聞いた話だ。

 場所はアンジェリカで、あの時の氷魚は凍月いてづきの存在も、影無としてのいさなの生き様も知らなかった。

 思えばあれからいろいろあった。初夏だった季節は秋になり、その間に氷魚は様々な怪異絡みの体験をした。

 仮に、高校生になったばかりの自分に「これからお前の身にはこういうことが起きるんだぞ」と話して聞かせてもきっと信じないだろう。それぐらい自分の世界が揺さぶられた数か月間だった。

「どうかした?」

 いさなに話しかけられ、氷魚は物思いから覚めた。

「――あ、いえ。もしかして、ここもすでに人工心霊スポットになってるんですか?」

 だとしたら、氷魚には見えないだけで、そこらの物陰で変なものが蠢いていたりするのだろうか。辺りはすでに薄暗いし、怖くなってきた。

「いや、まだそこまではいってねぇな」

 いさなの影から、凍月が顔を見せた。するりと影から抜け出し、氷魚の肩に跳び乗る。肩越しに伝わってくる温かみが頼もしい。

「だが、あやかしにとっちゃ居心地がいい場所であるのは確かだ」

 人とあやかしでは感じ方が違う。当たり前のことかもしれないが、こういう時、特に強く意識する。

「妖気は?」

 いさなが問いかけると、凍月は鼻をひくひくと動かした。何度見ても猫みたいだ。

「最初の現場と似たような匂いが残っている。同じあやかしで間違いないだろう」

「ねぐらっていうわけではないんだよね」

「ああ、もうここにはいないな」

「んー……」

 いさなは顎に手を当てて考え込んだ。

「何か法則性があるんでしょうか」

 なぜかしゃがみ込んで大きな石をひっくり返している奏を横目に、氷魚はいさなに話しかけた。

「どうかな。被害者は性別も年齢も違うし、今のところランダムって感じだけど」

「髪切りの怪異は、なんで中条さんと早良さんを選んだんでしょうね」

「そこだよね……」

「理由なんて簡単だ。切りたかったからだろ」と凍月が言った。

「それ、理由になってなくない?」

「なってるさ。あの2人の髪に共通する点は何だ?」

「え……」

 なんだろう。思いつかない。

「まるで、一流の美容師が切ったみたいにきれいにカットされていた」

 あっさり答えたのは奏だった。

「そういうことだな」

「どういうこと?」

 いさなはぴんと来ていないようだ。氷魚も同様だ。

「相手は誰でもいいわけじゃない。髪切りの怪異はあの2人の髪に納得がいってなかったんだ。だから切った。自分ならうまく切れるってな」

「……そんなことある?」

「あるんじゃねえの? あやかしなんて、癖のある奴しかいねえだろ」

 凍月に言われ、氷魚の脳裏に浮かんだのは沢音と茉理だった。あの2人は特に濃い。

「それはまあ、そうだけど……」

 いさなが渋々といった感じで同意する。

「だろ? そこでだ。俺にいい考えがある。試してみる価値はあると思うぜ」

 凍月はにっと笑うと、氷魚の頭に前足を乗せた。


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