髪のまにまに⑪
ファミリーレストランを出た氷魚たちは、早良が髪を切られたという現場にやってきた。
喫茶店の横の狭い道に入った途端、視界が狭まる。人が2人通るのがやっとといった感じの幅だ。
鳴城ではない場所に迷い込んだような錯覚に陥る。心なしか気温も低くなった気がする。人気もなく、いかにも薄気味が悪い場所だった。
早良はよく深夜にこんなところを通れるなと思う。豪胆なのだろうか。
「ここ、見通しが悪いですね。それに、なんか微妙に嫌な感じがします」
奏は寒そうに腕をさすった。
「場所が場所だから、負の思念が吹き溜まりやすいんでしょうね」
言って、いさなは油断なく辺りを見回す。
「あ、以前、いさなさん言ってましたね。あんまり人の負の思念が溜まりすぎると、人工の心霊スポットになるって」
氷魚が言うと、いさなは嬉しそうに微笑んだ。
「そうそう、覚えていてくれたんだ」
「忘れるわけないですよ」
氷魚がいさなと出会ってさほど経ってない時に聞いた話だ。
場所はアンジェリカで、あの時の氷魚は凍月の存在も、影無としてのいさなの生き様も知らなかった。
思えばあれからいろいろあった。初夏だった季節は秋になり、その間に氷魚は様々な怪異絡みの体験をした。
仮に、高校生になったばかりの自分に「これからお前の身にはこういうことが起きるんだぞ」と話して聞かせてもきっと信じないだろう。それぐらい自分の世界が揺さぶられた数か月間だった。
「どうかした?」
いさなに話しかけられ、氷魚は物思いから覚めた。
「――あ、いえ。もしかして、ここもすでに人工心霊スポットになってるんですか?」
だとしたら、氷魚には見えないだけで、そこらの物陰で変なものが蠢いていたりするのだろうか。辺りはすでに薄暗いし、怖くなってきた。
「いや、まだそこまではいってねぇな」
いさなの影から、凍月が顔を見せた。するりと影から抜け出し、氷魚の肩に跳び乗る。肩越しに伝わってくる温かみが頼もしい。
「だが、あやかしにとっちゃ居心地がいい場所であるのは確かだ」
人とあやかしでは感じ方が違う。当たり前のことかもしれないが、こういう時、特に強く意識する。
「妖気は?」
いさなが問いかけると、凍月は鼻をひくひくと動かした。何度見ても猫みたいだ。
「最初の現場と似たような匂いが残っている。同じあやかしで間違いないだろう」
「ねぐらっていうわけではないんだよね」
「ああ、もうここにはいないな」
「んー……」
いさなは顎に手を当てて考え込んだ。
「何か法則性があるんでしょうか」
なぜかしゃがみ込んで大きな石をひっくり返している奏を横目に、氷魚はいさなに話しかけた。
「どうかな。被害者は性別も年齢も違うし、今のところランダムって感じだけど」
「髪切りの怪異は、なんで中条さんと早良さんを選んだんでしょうね」
「そこだよね……」
「理由なんて簡単だ。切りたかったからだろ」と凍月が言った。
「それ、理由になってなくない?」
「なってるさ。あの2人の髪に共通する点は何だ?」
「え……」
なんだろう。思いつかない。
「まるで、一流の美容師が切ったみたいにきれいにカットされていた」
あっさり答えたのは奏だった。
「そういうことだな」
「どういうこと?」
いさなはぴんと来ていないようだ。氷魚も同様だ。
「相手は誰でもいいわけじゃない。髪切りの怪異はあの2人の髪に納得がいってなかったんだ。だから切った。自分ならうまく切れるってな」
「……そんなことある?」
「あるんじゃねえの? あやかしなんて、癖のある奴しかいねえだろ」
凍月に言われ、氷魚の脳裏に浮かんだのは沢音と茉理だった。あの2人は特に濃い。
「それはまあ、そうだけど……」
いさなが渋々といった感じで同意する。
「だろ? そこでだ。俺にいい考えがある。試してみる価値はあると思うぜ」
凍月はにっと笑うと、氷魚の頭に前足を乗せた。




