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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに⑩

 いさなは、早良さわらの目をまっすぐに見返した。

「――人間以外の何か。もっと言えば、怪異」

「怪異」

「はい。妖怪とか、あやかしとか、そういう類のものです」

 ずいぶん直球でいくなと思う。怪奇現象などを信じていない人だったら、怒りだすかもしれない。それか、鼻で笑うか。

「そっか。妖怪か。なるほど」

 氷魚ひおの心配をよそに、早良は真面目な顔でうなずいた。

「笑わないんですね」

 いさなが言うと、早良は自分の髪を指さした。

「だってさ、伸ばしてた髪を切っただけじゃなく、全体的に整えてったんだよ。俺が転んでいたのは数秒だ。その間に切ったのだとしたら、人間業じゃない。つまり、人間以外の仕業、って考えるしかないよな」

「早良さんは、不可思議な存在を受け入れられるんですか」

「見たことはないけどね。俺のばあちゃん、俺が小さい頃によく不思議な話をしてくれたからさ。お化けとか妖怪とか、いてもおかしくはないかなって思ってる」

 納得した。どうやら、怪異を信じる下地はすでにあったようだ。

「そうだったんですね」

「この頭、ばあちゃんには見違えたって褒められたんだ。さっぱりしてかえってよかったじゃないって。こっちは怪奇現象に出会ったっていうのに、ひどいよなぁ。でも、切ったやつが何者かは知らないけど、センスはあると思うよ」

 早良は屈託なく笑う。釣られて氷魚たちも笑った。伸ばしていたということは、きっと髪にはこだわりがあっただろうに、早良には悲壮感がない。

「きみたちは、妖怪とかお化けを信じてるんだろ?」

 いさな、氷魚、かなではほぼ同時にうなずいた。

「ますますいいね。怪奇現象探偵団か」

「いえ、わたしたちは郷土部兼怪異探求部です。略してキョーカイ部」

「探求か。そっか。そりゃあ楽しそうだ」

 早良はくしゃりと、少年みたいな顔で笑った。

「そうですね。楽しいです。学校では胡散臭いものでも見るような目で見られてますけど」

 奏の加入で多少はましになったが、依然として氷魚はクラスで浮き気味だ。そしてそれはいさなも同様なのだろう。

「風当たりが強そうではあるな。言っちゃなんだがイロモノだ」

 早良の物言いは率直で、嫌味なところが全然なかった。なので腹も立たない。

「早良さんは、わたしたちを疑わないんですか。いきなり怪異とか言い出して」

「いや、信じるよ」

「どうして?」

「自分で言うのもなんだけど、転んでいるわずかな間に髪を切られたなんて、すぐには信じられない話だろ。でも、きみたちは最初からまったく疑う素振りを見せなかった。――警察は真面目に俺の話を聞いてくれなかったんだよ。犯人を見たわけじゃないし、仕方ないのかもしれないけど。そしたら、今日、突然家に刑事さんが来てさ。紹介したい人がいるから会ってくれって。その人なら、きっと力になってくれるって。高校生だったのはびっくりしたけど、実際に会って納得したよ。きみたちは、信用できる」

「――ありがとうございます」

 いさなは、かすかに顔をほころばせた。

「髪を切られたのは俺だけじゃないんだろ。その子のためにも、犯人を捕まえてくれよ」

「はい。全力を尽くします。――それで、あの、犯人を捕まえたら、早良さんはどうしたいですか?」

 まだ怪我人は出ていないが、これから先どうなるかはわからない。もし相手が凶暴な怪異だったら、いさなは退治することになるかもしれない。

「そうだなあ」

 早良はしばし考え込む。早良は、自分の髪を切った怪異をどうしたいのだろうか。退治を、望むだろうか。

「決めた。こう言っておいてくれ。『せっかくいい腕をしてるんだから、人に無断で髪を切るな』って」

「それだけでいいんですか? 謝罪などは?」

「いらない。お化けや妖怪を連れて来られたら怖いからね」

 早良は冗談めかして言ったが、案外本心かもしれない。本やテレビで接する分にはよくても、実際に怖いものに出会いたい人間なんて、そうそういないはずだ。――たぶん。

「――そうですか。わかりました」

「うん。よろしく。そろそろ時間だから、俺は行くね」

 早良は腕時計を確認し、席を立った。

「はい。今日はお時間を作っていただき、ありがとうございました」

「こっちこそ、話を聞いてくれてありがとう」

 ひらりと手を振って、早良はスタッフルームに入っていった。


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