髪のまにまに⑨
髪切り事件2人目の被害者との待ち合わせ場所は、国道沿いにある鳴城唯一のファミリーレストランだった。先方の指定で、バイト先とのことだ。
氷魚たちがテーブルに着いて待っていると、ほどなくして肩口で髪を切り揃えた青年がやってきた。
「きみが刑事さんの言ってた高校生かな」
青年はいさなに目を向けて言う。
「はい。遠見塚です」
「悪いね。わざわざ来てもらって。今日は夜番だから、シフトに入る前にここで話す方が都合がいいんだ」
言って、青年はソファに座った。
「いえ、お話を聞かせてもらうのはこちらなので」
「他の2人は?」
「同じ部活の後輩で、一緒に髪切り事件を追っています。最初の被害者はうちの学校の生徒だったんです」
氷魚と奏はそれぞれ名乗って軽く頭を下げた。
「そっか。その制服、鳴高のだね。だったら後輩だ。俺も特進科だったんだよ」
氷魚たちは全員制服姿だった。このままでいいといさなが言ったのだが、理由がわかった。同じ高校の後輩と知れば、向こうも話しやすいだろう。
「そうなんですね」
「まぁ、大学には行かずに音楽の道に進もうと思った結果、フリーターをやってるんだけど」
「でも、バンドは続けてるんですよね」
「それ、誰から聞いたの?」
「武原さんです」
「武原って……ああ、あの刑事さんか。きみ、警察とはどんな関係なの? 刑事さんは俺が知ってることを全部きみに話してくれって言ってたけど」
「お互いに協力しあう関係ですね」
「ふぅん。なんかいいね。高校生探偵団って感じで。俺が高校生だったら絶対仲間にしてもらってたわ」
青年はにかりと笑った。あらかじめ刑事から言い含められていたのかもしれないが、ノリがいい人だ。
「で、俺は何を話せばいいかな」
「では、早良さんが髪を切られた時の状況を教えていただけますか」
どうやら、早良というのが青年の名字らしい。
「そうだな。駅前の『ムーンサイダー』っていうレトロな喫茶店、わかるかな。カフェじゃなくて喫茶店。今にも潰れそうなのになぜか潰れない店なんだけど」
手の生えた月が瓶を握っている看板が特徴的な店だ。氷魚は入ったことがない。
「わかります。ミックスサンドがおいしいですよね。トマトが大きめで」
いさなは微笑んで答えた。まさか鳴城中の飲食店を把握しているのだろうか。
「そうそう。値段も味も昔からずっと変わらないんだ」と早良は嬉しそうに相槌を打つ。
「――で、時間は大体夜の1時過ぎくらいかな。クローズ作業を終わらせた俺は、家に帰る途中、あの店の脇の狭い路地を歩いていた。いきなりだったよ。何かに足を払われたと思った瞬間、転んでた」
足を払われて転ぶ。中条の時と同じだ。
「で、尻をさすりながら起き上がったら、首のあたりがやけにスースーしてさ。おかしいなと思って手を伸ばしたら、ばっさりやられてた」
早良は後頭部を手刀で叩いて見せた。
「早良さんは、もっと髪が長かったんですか?」
「うん。背中まで伸ばして結んでた。家族や友達には評判は悪かったけど、自分では気に入ってたんだ。それを切られちゃったんだよ。携帯のライトで足元を照らしたら髪の束が落ちてて、青ざめたね。後ろから通り魔にやられたのかと思った。でも、怪我はしてなかったんだ。怖くて交番にダッシュしたけどね」
言って、早良はほっと息を吐いた。
「今思うと、110番しといた方がよかったよ。相当テンパってたんだろうな」
「いえ、すぐにその場を離れて正解だったと思います。人気がない場所だったんですよね」
「そうだね。近くには人の気配がなかった。――ああ、考えてみれば、まだ犯人が近くにいたかもしれないのか」
「ですね」
「だとしたら、間一髪だったな。……あ、いや、髪とかけたわけじゃないよ」
意識せずに言ったようで、早良は気まずそうに笑う。
「早良さんに怪我がなくてよかったです。髪は切られてしまいましたが」といさなも微笑んだ。
それからすぐに表情を引き締め、
「――ちなみに、ここ数日で何か変わったことはありませんでしたか」と尋ねる。
「変わったことっていうと?」
「外を歩いている時に誰かに見られている気配を感じた、とか」
「えらく具体的だな。まあ、そういうのはなかったかな。気づかなかっただけかもしれないけど」
「そうですか……」
早良はひたといさなを見据える。
「こっちからも訊いていい?」
「どうぞ」
「遠見塚さんは、俺の髪を切ったのは何者だと考えているのかな」




