髪のまにまに⑧
「そういえば、耀太くんは元気?」
氷魚はストローで氷をかき回している奏に話しかける。
「元気だよ。学校でも友達ができたみたい。今度一緒に遊びに行くって言ってた」
「そっか。よかったね」
その境遇ゆえに、友達を作ることもままならなかったであろう耀太が学校を、鳴城での生活を楽しんでくれればいいと思う。
「うん、よかった。本当に」
「小娘、料理の腕は上達したのか」
凍月がからかうように言った。奏は眉を寄せる。
「それが全然なんですよ。もういっそ料理は全部耀太くんに任せた方がいいかもしれませんね」
「でも、耀太くんは喜んで食べてるんじゃない?」と氷魚は言った。
「そうなんだよね。だからこそ余計に悪くて。絶対、気を遣わせちゃってるよね」
「気は遣ってないと思うよ」
パスタを食べる手を止めて、いさなは言った。
「え?」
「弓張さんは耀太くんのために料理を作ってるんだよね」
「そうですね。下手ですけど」
「腕前は関係ない。きっと耀太くんは本当に喜んでる。誰かが自分のために料理を作ってくれたら、嬉しくないはずないから」
いさなの言葉には、実感がこもっていた。
「あ……」
奏の顔に理解の色が広がる。
「そっか。そうですよね」
「つっても、どうせ食うならうまい方がいいがな」
「う……精進します」
氷魚は、再びパスタを食べ始めたいさなにそっと目を向けた。
いさなの母親は、いさなに関心がなかったと聞いている。おそらく、料理を作ったこともないのではないか。
だとしたら、いさなが言う『誰か』とは、いさなの兄の道隆のことだろう。独創的な味でも、いさなにとってはかけがえのない味なのだと思う。
料理だけではない。側に自分を気にかけてくれる誰かがいるというのは、とても嬉しいことだ。
母親とはまた違うが、奏は耀太にとって唯一無二な存在であることは間違いないと思う。
ほどなくして、いさなはパスタを食べ終えた。
「先輩、髪を切られた男性にはいつ会いに行くんですか」
「今日、これから。もう約束してる」
紙ナプキンで口元をぬぐって、いさなは答える。
「ずいぶん早いですね」
「知り合いの刑事がセッティングしてくれたの。わたしがすでに髪切りの怪異を追ってるって伝えたら、『だったらさっさと解決してくれ』ってね」
腑に落ちた。さっきいさなが言っていた色々とは、このことだったようだ。
「あのおっさん、最終的に自分が楽できるなら多少の面倒を厭わねえからな。今回の件も俺らに丸投げしたいっていう魂胆が見え見えだぜ」と凍月がぼやいた。
「おかげでわたしたちは手がかりを得られるんだから、いいじゃない。目的は同じだし」
「俺はいいように使われるのが気に食わねえんだよ」
「お互い様でしょ」
言い合いは終わり、と言わんばかりに、いさなは伝票をつかんで立ち上がる。
「待ち合わせの時間も近いし、そろそろ行きましょうか」
「了解です」と奏も立ち上がる。
奏はともかく、警察が関わっているのに一般人の自分がついていっていいのかなと思うが、駄目だったら最初からこの場には呼ばれないだろう。
氷魚は「わかりました」とうなずいて席を立った。




