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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに➆

 中条なかじょうから相談を受けてから3日後の放課後、氷魚ひおかなで、いさなはアンジェリカに来ていた。いさなから話があると告げられたのだ。

「部室じゃ話せないことなんですか?」と奏が訊く。

「あそこだと凍月いてづきが会話に参加できないから」

 放課後のアンジェリカは適度に空いていて、作戦会議をするにはもってこいだ。

「なるほど」

 納得したらしく、奏はうなずいた。

 いさなは口に出さなかったが、星山のこともあると氷魚は思う。一定以上のラインを越えて巻き込まないように気を遣っているのだろう。

 けど――

 いさながアンジェリカを選ぶ一番の理由は、何といっても料理なのではないか。真剣な顔でメニューとにらめっこしているいさなを見れば、自分の推測もそれほど的外れではない気がする。

 悩んだ末にいさなは秋限定の「きのこいっぱい森の妖精」というポエミーな名称のパスタを大盛りで頼んだ。氷魚と奏は飲み物だけだ。

 すぐに運ばれてきたオレンジジュースを一口飲んだいさなは「それでね」と口を開く。

「今日、警察から連絡があったんだけど、新しい被害者が出たんだって」

「被害者って、また誰か髪を切られたんですか?」

「ええ。ニュースにはなってないけど、仕事帰りに夜道でやられたそうよ」

 奏といさなは何でもないように話しているが、氷魚としては聞き流せない単語が出てきた。

「警察……?」

「言ってなかったっけ? 協会は各地の警察と連携していて、怪異絡みと思われる事件の情報を教えてもらえるの。事件解決に協力するっていう条件付きだけど、お互い助かってるね」

「知りませんでした……」

 表に出てこないだけで、怪異絡みの事件はそこそこあるのかもしれない。実際、氷魚もいくつか経験した。

 テレビでは報道されないような特殊な事件を、協会の人間とあやかしは人知れず解決してきたのだろう。

鳴城なるしろ遠見塚とおみづかが代々守ってきた土地だからな。警察は特に協力的なのさ。場所によっちゃ協会が目の敵にされているところもあるらしいぜ」

 凍月が小声で補足してくれた。

「で、昨晩髪を切られたのは男性で、飲食店の従業員だそうよ。夜道で転んで、気づいたら髪が切られてたって交番に駆け込んだんだって。ちなみに被害にあった場所は駅近くの見通しが悪い路地ね。やり口から判断するに、中条さんの髪を切ったのと同じ怪異である可能性は高いんじゃないかな」

 鳴城は細く狭い道が多い。複雑に入り組んでいる場所もあり、そのまま異界に迷い込んでしまいそうな道も珍しくなかった。そういう場所で怪異に襲われるなんて、想像するだけで震えがくる。

「お堀と離れてますね。中条さんとは性別も違うし、一体どういう基準でターゲットを決めてるんでしょうか」

 言って、氷魚は腕を組む。

「髪さえ切れれば誰でもいいのかもな」

「無差別だとより厄介ですね。次の犯行が読めない」

「でね、髪を切られた男性に話を聞こうと思うんだけど」

「え、会ってくれるんですか? 知らない人なんですよね」

 いきなり見ず知らずの女子高生がやってきて、「あなたが髪を切られた時の状況を教えてください」なんて言い出したら、ちょっと怖い。

「そこは色々と、ね」

 いさなは意味ありげに微笑んでみせた。

「まさか、国家権力の影をちらつかせるとか……」

 黒服を身にまとったいさなと奏がサングラスを装着し、民家のドアをノックする姿を想像してしまう。2人とも割と似合っているかもしれない。

「人聞きの悪いことを言わないで。便宜を図ってもらうだけだから」

 そこでいさなが頼んだパスタが運ばれてきた。山盛りの麺の上に、これでもかと大量のきのこが乗っている。

「あ、どうぞ。食べちゃってください」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 いさなはいただきますと言って手を合わせると、嬉しそうにフォークにパスタを巻き始めた。

 いさなの食べっぷりは見ていて気持ちがいいのだが、あんまりじろじろ眺めていても失礼なので、氷魚は目を逸らした。


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