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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第九章 あやかしのサガ
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髪のまにまに④

「昨日、買い物の帰り道で髪を切られたんです。お堀の側で、近くには誰もいませんでした」

 椅子に座った中条なかじょうは、スカートの裾を握りしめて言った。

 皆の表情に緊張が走る。

 放課後の郷土資料室には、氷魚ひおを含めたいつもの面子が集合していた。中条の対面にはいさなが座っている。

「そんなにばっさり切られたわけでもないのに、大袈裟かもしれませんが……」

「大袈裟なんかじゃないよ。怖かったでしょう」

 いさなは、中条を慰めるように微笑みかけた。

「……はい」

「思い出すのはきついだろうけど、詳しく訊いてもいい?」

「だいじょうぶです」

「近くに誰もいなかったっていうことだけど、中条さんが髪を切られたと気づいた時、どういう状況だったの?」

「わたし、後ろから誰かに見られている気がして、振り向いたんです。でも、誰もいなくて。前に向き直った瞬間、足をもつれさせたのか、転びました。誰かに払われた気もするけど」

「転んだ――」

「はい。それで、気づいたら足元に切られた髪の毛が散らばっていました」

「なるほど」

 いさなは顎に手を当てて考え込む。

「……あの、わたしの髪を切ったのは、怪異、なんでしょうか」

「その可能性は高いと思う」

「やっぱり……」

 中条はどこか安堵したように細い息を吐いた。

 自分を襲った理不尽な出来事が怪異というものに分類できると知って、一応は気持ちに区切りをつけることができたのかもしれない。わけがわからないものが一番怖いのは誰しも同じだと思う。

「ただ、どんな怪異かまではまだ特定できない。人を転ばせるあやかし――妖怪で有名なのはタテクリカエシだけど、髪を切ったりはしないの」

「タテクリ……?」

 中条はきょとんとした顔で首をかしげる。氷魚も聞いたことがないあやかしだ。

「タテクリカエシ」

 いさなは携帯端末を操作すると、画面を中条に見せた。氷魚とかなでも横から覗き込む。

 画面には、うさぎが月で餅を搗く時に握っているような道具が写っていた。

「餅つきのきねに見えますけど」奏が言った。

「その通り。手杵ね」

付喪神つくもがみの一種ですか?」氷魚は尋ねる。

「いえ、固有の妖怪よ」

 なんで手杵の形をしているのだろう。謎だ。道具が魂を持つ付喪神ならまだわかるのだが。

「転バシ、という怪異の一種だね」

 そう言ったのは星山だった。

「他にも笊の形をしたイジャロコロガシや、酒を燗する器が転がってくるカンスコロゲなんかがいる」

「部長、詳しいですね」

 氷魚が感心して言うと、星山は黙って微笑んだ。

「あと、人の足元にまとわりつく妖怪なら、すねこすりや土転びなんかがいるね」

 星山に対抗心を燃やして、というわけでもないだろうが、いさなが口を開く。

「すねこすりなら聞いたことがあります。犬みたいでかわいい妖怪ですよね。最近だと猫のような姿も見かけますが、そっちもいいです」

 奏が目を輝かせた。小動物系が好きなのかもしれない。

「――目的は?」

 中条が不思議そうに尋ねた。

「目的?」

「はい。なんのために人を転ばせたり、足元にまとわりついたりするんですか?」

 もっともな疑問だと思う。星山は肩をすくめた。

「さあ。そこまではわからない。人をびっくりさせたいのかもね」

「びっくりって、ただ驚かせたいだけ? なんですか、それ。わけがわからない」

「妖怪って、そういうものよ」

 いさながぽつりと言った。

「人の常識では推し量れないの。何を考えているかなんてわからない。だから、理解しようとする気持ちが必要なんだと思う」

「理解……」

 中条は明らかに納得していない様子だ。

 気持ちはわかる。正体不明の存在にいきなり髪を切られたのだ。理解しようなんて、到底思えないに違いない。

「――それで、肝心の髪を切る怪異なんだけど、そのものずばり、髪切りっていう妖怪がいるの。夜道を歩いている人間の髪をこっそり切る妖怪ね。人は髪を切られたことに気づかないそうよ」

 いさなは携帯の画面を見せた。カモノハシをちょっと擬人化したみたいな妖怪が写っている。

「この妖怪が髪を切る理由は?」と中条が尋ねる。

「狐の仕業とか、髪切り虫の仕業という説もあるけど、やっぱり不明ね」

 髪に執着するあやかしなのだろうか。だとしても、ただ切るだけで満足するというのがよくわからない。

 いずれにしても、通り魔みたいなあやかしだ。本人の同意なしに髪を切るのは暴力だろう。

「なんにせよ、わたしの髪を切ったのはその髪切りっていう妖怪じゃないんですか。気づかない、というのも当てはまるし」

 妖怪がいるなんてすぐには信じられないけど、と中条は小声で付け加える。

「疑わしいのは確かだけど、今回のケースは中条さんが転んだっていうのが気にかかるの。まあ、その辺りも含めて調べてみるよ」

「調べるって、危険はないんですか。遠見塚先輩も髪が長いですよね」

 中条はいさなの艶やかな黒髪に、羨望が混じった視線を向けた。

「任せて。女の子の髪をこっそり切るような相手に遅れは取らないから。それに、わたしひとりじゃないし」

「というと?」

「あたしとたちばなくんがいるからね」

 言って、奏は自分の胸を叩いた。

「橘くんは男の子だからまだわかるけど、弓張ゆみはりさんも一緒に調べるの?」

「うん。あたしたちの部活だから」

「……そっか。気をつけてね」

 朗らかな奏とは対照的に、中条の表情は晴れない。

 怪異に無理矢理髪を切られたのだ。その心痛は、きっと生半可なものではないと思う。

 怪異の正体が明らかになり、事態が解決したら少しは中条の心も安らぐだろうか。

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