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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀愛歌

 いつから控えていたのか、全然気がつかなかった。

耀太ようたくん……。どこから聞いてたの?」

「母上が帰ってからすぐなので、ほぼすべてです。すみません。盗み聞きする形になってしまって」

 神妙な顔つきで耀太は言った。子どもに聞かせるには際どい部分もあったが、耀太がどういう風に受け止めたかはわからない。

「そっか。だったらもうこの場で訊くね。耀太くん、鳴城で、あたしと一緒に暮らさない?」

 おそらくは意識してなのだろう。奏は明るい調子でさらりと言った。

「返事をする前に、お尋ねしてもいいでしょうか」

「どうぞ」

かなで殿にとって、拙者は巴菜ともな殿の代わりなのですか?」

 耀太は奏の目を見て尋ねた。

 重い問いかけだった。耀太の顔つきからは、彼の覚悟が見て取れた。避けては通れない問いなのだということが伝わってくる。

 奏は真っ向から耀太の視線を受け止めた。

「違うよ」

 奏の答えはこの上なく簡潔で、しかし力強かった。

「巴菜の代わりはいないし、耀太くんの代わりもいない。あたしの目を見ればわかるはずだよ。きみは、さとりに近い力を持ってるんだから」

「気づいていたのですか」

「ついさっきね。朝霞あさかさんの話を聞いて、そうなんだろうと思った。耀太くん、気が利きすぎるから」

 言われて合点がいった。耀太の気配りは、耀太が持つ力に由来していたのだ。

「……叔母上たちには疎まれました。親子そろってさとりでもないのにと。母上はどうなのか知りませんが、拙者は心の声が聞こえるわけではありません。ただ、なんとなしに気持ちがわかるくらいです。その力を使って、不快な思いをさせないように努めていたのですが、逆効果だったようです。そして、そのことに気づいた時にはもう、叔母上たちとの関係はどうしようもなくなっていた」

 耀太は目を伏せた。

 行き過ぎた気遣いは、耀太の叔母たちには負担になったのかもしれない。

 耀太はただ相手を思いやっていただけなのに、どうしてすれ違ってしまうのだろう。

「奏さんの言葉に偽りはありません。ありがたいと思います。……ですが、拙者は怖いのです。近しい相手を傷つけてしまうことが」

「耀太くん、顔を上げて、もう一度あたしの目を見て」

「しかし……」

「いいから、見て」

 耀太は恐る恐る顔を上げる。そして奏の紅い目を見た。

「あたしの気持ちはわかるよね。朝霞さんの気持ちも」

 朝霞の気持ち――

 ああそうかと氷魚は思う。

 耀太が人の気持ちを読み取れるのなら、朝霞の言葉の裏にあったものも読み取ったに違いない。

 朝霞はきっとこう願ったのだ。


 幸せになってほしい、と。


 それは、朝霞では叶えることができなかった願いだ。

「はい、わかります」

 耀太はうなずいた。

「その上で、口に出して言うよ。あたしは至らぬところばっかりで、耀太くんにたくさん迷惑をかけると思う。お母さんにはなれないし、お姉さんとしてもちょっとあやしい。もしかしたら、一緒に暮らすのにもっとふさわしい誰かがいるのかもしれない。でも……それでもね、あたしは、耀太くんに手を伸ばしたいんだ。――耀太くんは、どうかな」

 奏の横顔の美しさに、氷魚は息を呑んだ。

 芝居や演技ではない。彼女が発したのは、弓張奏としての、生の声だった。

 耀太は居ずまいを正した。

「奏さん。もし、一緒に暮らすとしたら、ぼくの方こそきっと奏さんにいっぱい迷惑をかけます。嫌な思いをさせてしまうかもしれない。そうなったらぼくはつらいし、奏さんはもっとつらいと思います」

 奏が身体をこわばらせた。断られると思ったのかもしれない。奏が何か言おうと口を開きかけたところで耀太が「ですが」と、続ける。

「至らぬところがあれば直します。いい同居人になれるように努めます。だから……だから、ぼくの手をつかんでくれますか」

 奏は何度か目を瞬かせた。潤んでいるように見えるのはたぶん気のせいではない。

 そして奏は微笑んで、こう言った。

「――ええ、喜んで」

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