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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌⑳

「各方面に多大な影響力を持つ、東洋のメディア王と呼ばれる人物の息子――そうですね、仮にKとします。実際のイニシャルじゃないですよ。クソ野郎、もしくはクズ野郎のKです」

 驚いた。かなでが乱暴な言葉を使うのを初めて聞いた気がする。それだけ怒りが強いということか。

「そのKが、あたしを呼び出したんです。ドラマの主演の話でした。巴菜ともなの代わりに出演しないかと言われたんです。なんで巴菜の代わりをよりにもよって一番仲が良かったあたしに頼むのか。冗談じゃない、無神経が過ぎるとあたしは怒鳴りそうになった。でも、こらえました。Kは彼の父親ほどではないけど影響力のある人間なので、気分を害したら事務所やマネージャーに迷惑がかかる。後で事務所を通して断ろう。そう思いました」

 奏は自分を落ち着かせるように、細い息を吐きだす。

「あたしが答えを濁していると、Kは嫌らしい笑みを浮かべて言ったんです。『それにしても、巴菜はもったいないことをした。せっかく身体を張って大役をつかんだのに』って」

「それって……」

「ええ。訊きもしないのにKが誇らしげに教えてくれました。Kは、主演を条件に巴菜の身体を……」

 おぞましさに寒気を感じた。当時の早良さわら巴菜は13かそこらだったはずだ。巴菜が受けた精神的、肉体的苦痛は想像を絶するものだったに違いない。

「Kはなおも笑いながら、あたしに出演を迫りました。巴菜の供養にもなるとか言ってましたが、あたしは頑として首を縦に振らなかった。そうしたらKはむっとしたように、『まあいいさ。誰が出たってあのドラマのヒットは間違いないからな。なんせ、巴菜が命を懸けて宣伝してくれたんだから』と言いました」

「ひどい……」

「瞬間、頭の中が赤くなって、気づけばKは床に倒れていた。顔面がひどく歪んでいました。あたしが殴ったんです」

 奏はじっと拳を見つめる。

「倒れて痙攣けいれんするKは死んではいなかった。あたしはおかしいなって思いました。なんでこいつは生きてるんだろう。――殺すつもりで殴ったのに」

 奏は拳をほどいた。よほど強く握りしめていたのか、奏の手には血がにじんでいた。

「あたしが映画やドラマに出なくなったのは、その暴力行為が原因です。――Kは色々素行に問題があって、父親もそれを知っていた。たぶん、ずっと更迭するタイミングを探っていたんでしょうね。巴菜の件をきっかけに、Kはメディア界から追放され、『あなただけに見えればいい』のドラマはお蔵入りになった。東洋のメディア王の力は絶大で、Kの不祥事に端を発するあたしの暴力行為は表沙汰になりませんでした。かといって、お咎めなしというわけにもいかない。あたしが事務所から申し渡されたのは無期限の謹慎、実質、活動休止です。週刊誌やテレビ、マスコミはあたしに触れることを禁止された。記事にしようとした記者が不自然な事故で入院したり、とにかく徹底していたみたいですね。あたしの活動休止がニュースにならなかったのは、そのためです」

 氷魚ひおの胃の腑がずしりと重くなる。華やかに見える芸能界の、暗い汚泥の一端を垣間見た気分になった。

「つらかったね……」いさなは奏の肩をさすった。奏は力なく微笑む。

「巴菜が亡くなる前日、あの子に誘われて、ふたりでカラオケに行ったんです。巴菜のリクエストで、あたしは自分の曲を片っ端から歌いました。巴菜は妙にはしゃいでいて、あたしはドラマの主演が決まって嬉しいんだなと思った。でも、そうじゃなかった。帰り際にあの子、言ったんです。『奏さん、今までありがとうございました』って。――あたしは、巴菜の言葉の本当の意味を理解できなかった。これからは1人でも大丈夫ですって、そういうことを言いたいのかと思った。あの時、『どうしたの? 何かあった?』と訊くことができていれば、結果はまた違ったものになっていたのかもしれません」

「でも、それは……」

「わかってます。時間を戻すなんて、魔術でも不可能です。終わったことはどうにもできません」

 後悔は確かにあるのだろう。でも、それだけではないように見える。

「――もしかして、弓張さんが協会に入ろうと思ったのは」

 気づけば氷魚は口を開いていた。奏はうなずく。

「そう。あたしは、困っている誰かに気づいて、手を伸ばせる自分になりたいと望んだの」

 思った通りだった。

 深い後悔と絶望の中でも、奏は希望を抱いたのだ。そして、行動に移した。

「なるほどな。小娘の話はわかった。――で、さっき、おまえは手は届くと言ったが、それは相手も手を伸ばした場合に限るだろ」

 凍月いてづきが淡々と言った。それから襖の向こうに呼びかける。

「おまえはどうなんだ、小童」

 襖が静かに開いた。耀太ようたが座していた。


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