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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌⑱

 しばらくの間、誰も何も言わなかった。

 感動の親子の再会を予想していたわけではない。それでも、こんなに苦い結果になるなんて、思ってもいなかった。朝霞あさかは一体どういうつもりだったのか。氷魚ひおたちには言わなかっただけで、さっきのが朝霞の本心だったのだろうか。

 わからない。

「――さて」とハンドバッグを手に取り、朝霞が立ち上がる。

「言うべきことは言ったし、そろそろお暇させてもらおうか。私が帰ったら、塩でも撒いといておくれ」

 踵を返そうとする朝霞に、かなでが声をかけた。

「朝霞さん、あんまり演技がうまくないですね。耀太ようたくん、たぶん気づいてますよ。朝霞さんの本心から出た言葉じゃないって」

「演技……?」

 氷魚は呆然と呟く。何かおかしいとは思っていたが、あれは朝霞の演技だったのか。とてもそうは見えなかったが。

「大根役者で悪かったね。そういうあんたはなに様なのさ。奇妙な眼鏡なんてかけて」

 朝霞はじろっと奏をにらみつけた。演技というのは否定していない。

「失礼しました。名乗っていなかったですね」

 奏は眼鏡を外す。朝霞は目をみはった。

「うそでしょ……」

弓張ゆみはり奏と申します。今は協会に所属しています」

「なんであの弓張奏が……。あんた、女優だよね」

「あたしの父は人間ですが、母は吸血鬼なんです。耀太くんと同じ半妖ですね。だから、というわけでもないんですが、色々あって、ここにいます」

 しばし唖然としていた朝霞だったが、

「そうかい。本職に言われたんじゃ、ぐうの音も出ないね。事前に演技指導でも頼めばよかったかね」と、おどけたように言った。

「どうして、あんな心にもないことを言ったんですか」

 朝霞は観念したのか、重いため息をついた。

「……あの子の目の中に、期待を見ちまったからさ」

「――?」

「さとりとまではいかないが、私は、目を見るとある程度相手の気持ちがわかるんだ。仕事じゃ役に立つけど、知りたくない時もある。今みたいにね」

「……耀太くんは、何を期待したんですか」

「母親としての振る舞い」

「あ……」

「耀太は、心のどこかで思ってしまったんだろうね。もしかしたら、一緒に暮らせるんじゃないかって。でもそれは絶対に無理で、仮に実現したとしても耀太が不幸になるに決まっているから、私はああ言うしかなかった」

 耀太は、母親と一緒に暮らすことは望まないと言った。嘘ではないのだろう。でも、心のどこかで期待したのだ。成長した自分を見た母親が、一緒に暮らそうと言ってくれることを。

 氷魚は胸が詰まった。

 たった11歳の少年なのだ。母親と離れて暮らすことがつらくないわけがない。

「だから、これ以上、耀太くんを傷つけないために……」

 朝霞は明確な拒絶をするしかなかった――

 朝霞は寂しげに笑うと、踵を返す。

 居間を出ていく直前、足を止めた朝霞は「ああ、そうだ」と振り向き、奏に目を向けて言う。

「ダンピールのお嬢さん、あんたもなかなか溜め込んでいるみたいだね。抱え込むばっかりじゃ、いずれ破裂するよ」

「え……?」

 それから朝霞は氷魚に視線を移した。

 目が合ってどきりとした。深い水の中を思わせるような目だ。

「あんたは――」

「はい?」

「なんでもない。言うだけ野暮だね」

 一体、朝霞は自分の目の中に何を見たのか。知りたいけど、知るのは怖くもある。だから朝霞が何も言わなかったことに、氷魚は少し安心した。

 そして朝霞は最後にいさなに目を向ける。

「いろいろ、ありがとうね」

「いえ……」

 いさなは力なくかぶりを振る。

「そんな顔をしないでよ。これでよかったのさ。あんたが動いてくれなきゃ、耀太も私も止まったままだったろうから」

「あの、耀太くんの今後は」

「今更母親面なんてできないし、するつもりもない。後は任せるよ」

 ひらりと手を振って、朝霞は軽やかに去っていった。

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