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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌⑰

 土曜日の午後、氷魚ひおかなで遠見塚とおみづか家に集合した。

 今日は耀太ようた朝霞あさかの話し合いの日だ。

 広い居間の中央、どっしりした長机の前に氷魚たちは腰を落ち着ける。

「本当にわたしたちが同席してもいいの? せっかくの親子水入らずなのに」といさなが耀太に訊く。

 いさな、奏、そして氷魚は、事前に耀太から同席を求められていたのだ。道隆みちたかも声をかけられたそうだが、いさなたちがいればいいだろうと言って奥に引っ込んでしまっている。

「ぜひ、いてください。その方が母上も話しやすいはずです。拙者と2人だけでは気詰まりでしょうから」

 耀太の気遣いは、11歳の少年のものとは思えない。生来のものか、あるいはそれは耀太が親戚の家で生きるために身に着けた、彼なりの処世術なのかもしれなかった。

「わかった。耀太くんが望むのなら」

 うなずいて、いさなはちらと奏を見る。奏は心ここにあらずといった様子で、何事かを考え込んでいた。

 朝霞の家を訪れて以来、奏は学校でもずっとこんな感じだった。

 誰かに話しかけられれば朗らかに受け答えはするが、それ以外の時間は今みたいに物思いにふけっていたのだ。いつも明るい奏にしては珍しい。

 一体、どうしたのだろうか。


 朝霞は、約束の時間10分前にやってきた。

「耀太くんはわたしたちが同席することを望んでいるのですが、いいでしょうか」

 玄関で朝霞を出迎えたいさなが言う。

 確認のため、氷魚と奏もついてきていた。朝霞に断られたら、耀太には悪いが引っ込むつもりだった。

「構わないよ。――やっぱり、ずいぶんと気を遣う子なんだね」

 耀太の気遣いは朝霞に伝わったようだ。

「では、どうぞ。こちらです」

 いさなに促されて、朝霞が居間に入る。

 緊張の面持ちで座っていた耀太が立ち上がった。

「あなたが、拙者の母上なのですね」

「――そうよ。大きくなったね、耀太」

 朝霞がぎこちなく微笑む。耀太はそんな朝霞の顔を見て、ふっと、悲しそうに笑った。

 何もかもを悟ったような笑みだった。

 駆け寄って抱きついたりとか、お互い涙を流すとか、そういうことは一切なかった。

 だからといって、気まずい空気が流れているというわけでもない。こうなることを、耀太も朝霞も予想していたのかもしれない。

 だとしたらやはり、ふたりはどうしようもなく親子なのだろう。

 耀太と朝霞は同じようなタイミングで座った。氷魚たちも腰を落ち着ける。朝霞と耀太が向かい合い、氷魚たちは耀太側の端の方だ。

「それで耀太、私に訊きたいことがあるそうだけど」

 前置きもなく、朝霞はそう切り出した。

「はい。なぜ、母上は拙者を置いていったのでしょうか」

 耀太もまた、正面から切り込んだ。

 朝霞はどう答えるのだろう。誰の顔を見ることもできず、氷魚は長机に視線を落とす。

「――私はね、きれいな服を着るのが好きなんだ」

「服、ですか」

 質問の答えになっているのかどうかわからなかったのか、耀太は首を傾げた。氷魚も、朝霞の発言の意図が読めなかった。

「そう。私は、着飾って、人間の男にちやほやされたいの。わかる?」

「……」

 耀太は何も言わない。ただ、朝霞の顔を見つめている。

「でも、そんなの、隠れ里なんてしみったれた場所じゃ絶対に無理だった。だから私は里を出たの。あんたを残して」

「……それが、母上の答えですか?」

「ええ。ここまで言えば、あんたを連れて行かなかった理由は、聡いあんたならわかるよね」

「……すみません。拙者にはわかりません」

 耀太が弱々しく言う。朝霞は冷笑を浮かべた。

「なら、はっきり言ってあげるよ。私はあんたが邪魔だったのさ。こぶ付きだったら、男が寄ってこないだろう? だから姉さんに押し付けた」

「――」

 耀太は目を見開いた。

 違う、と氷魚は叫びそうになった。

 邪魔だなんて、そんなこと、朝霞は絶対に思っていない。たとえ愛情を持てないにせよ、朝霞は朝霞なりに耀太のことを気遣っているのは間違いない。

 朝霞の部屋には最低限のものしかなかった。おそらくかなりの額を耀太のために仕送りしているのだろう。そんな朝霞が耀太のことを邪魔に思うはずがない。

 隣に座っていたいさなが、氷魚の手にそっと自分の手を重ねる。

 何も言うな。

 いさなはそう言いたいのだと察した。

「そう、ですか。よく……わかりました。拙者は、母上を苦しめてしまったようですね。申し訳ありません」

 耀太は絞り出すように言うと、座ったまま後ろに下がった。

 それから、畳に拳をついて深々と頭を下げる。

「母上。拙者を産んでいただき、ありがとうございます。もう、お会いすることはないでしょう。どうかお身体に気をつけて。――失礼いたします」

 耀太は立ち上がり、返事を待つことも振り返ることもなく、しっかりとした足取りで居間を出ていく。

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