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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌⑭

 泉間せんま駅は人でごった返していた。休日も込み合うが、平日の夕方も帰宅ラッシュですごいことになるのだと知った。鳴城なるしろ駅とは規模が違う。

 氷魚ひおたちはペデストリアンデッキを渡り、バスターミナルに下りる。いさなが示した乗り場に向かうと、すぐにバスが来た。乗り込めたが、ほぼ満員に近い。ぎゅうぎゅうで息苦しくなる。

 バスを降りる頃には、氷魚はだいぶ消耗していた。泉間の人たちは毎日こんな感じで通学、通勤しているのだろうか。都会は大変だ。こんなに人が多い中で、あやかしが暮らしていけるのだろうかと疑問に思う。茉理は泉間に住んでいるらしいが――

「ここから少し歩くよ」

 いさなの先導で、氷魚たちは夕暮れの見知らぬ市街地の中を歩く。平日の夕方に知らない場所を歩いているなんて、なんだか不思議な感じがする。

 バス停から歩くことおよそ10分、携帯端末の画面を確認したいさなは「ここだね」と足を止めた。きれいなアパートの前だった。

 いさなは103号室のチャイムを鳴らした。

「――はい?」

 少しして、ドアが開いた。いぶかし気な顔をした女性が姿を現す。若くて、きれいな女性だった。このひとが耀太ようたの母親なのだろうか。耀太くらいの歳の子どもがいるようには見えない。外見的にも、雰囲気的にも。

 いさなはポケットからパスケースを取り出すと、女性の眼前に掲げた。

「妖狐の道下みちした朝霞あさかさんですね。突然訪問してすみません。わたしたちは協会の者です」

 女性、朝霞はパスケースといさなの顔を見比べ、「許可証持ちが何の用? 私は退治されるようなことはしてないけど」と言った。

「退治の心配をするところは親子そっくりだな」

 姿を現した凍月いてづきがいさなの肩に乗る。凍月の姿を見ても、朝霞は驚かなかった。

「親子って……」

「わたしたちは、耀太くんの件で話があって来ました」

「耀太? あの子は遠野にいるはずでしょ。まさか、あの子の身に何かあったの?」

「だいじょうぶ。耀太くんは元気ですよ。今は鳴城の遠見塚――わたしの家で保護しています」

「鳴城? どうして……」

「おまえに会いたかったんだとよ。あいつ、鳴城で置いてけ堀の真似事をしてたぞ」

 朝霞ははっとしたような顔になり、それからいさなと凍月の視線から逃れるように目を逸らした。

「――上がってくれる? 少し話がしたいわ」

 歓迎する、という感じではないが、ひとまず追い返されるということはなさそうだ。


 朝霞の部屋は、驚くくらい物が少なかった。最低限の調度品しかない。

「もっと贅沢な暮らしをしていると思った?」

 部屋を見渡している氷魚たちに気づいたのか、テーブルに飲み物を置いた朝霞が言う。

 いさなはかぶりを振った。

「仕送りをしているんですよね。あなたのお姉さんの家に、耀太くんの養育費として」

 氷魚とかなでは顔を見合わせた。全然知らなかった。そういえば、いさなは朝霞について氷魚たちに何ひとつ喋っていない。

「私の足取りもだけど、よくそんなことまでわかったね」

「捜しものが得意な方に頼みました」

「ああそう。やっぱり協会は怖いね」

「同意します」

「……あんた、遠見塚とおみづかって、あのバケモノ殺しの一族だよね。影無かげなしを排出する」

「はい。わたしが今代の影無を務めています」

「驚いた。あんたみたいな女の子が? とすると、このちっこいのが、かの大妖凍月?」

 やはり凍月はあやかしの間でも有名なようだ。

「ちいせえっていうのは余計だ。否定できねえけどな」

「あやかしを震え上がらせる遠見塚が、どうして耀太の面倒を見てくれているの?」

「遠見塚といっても、全員が全員、好き好んで退治をしているわけではありません」

「あんたは他の遠見塚とは違うと?」

 いさなは無言で出されたコーヒーを飲んだ。

 一息ついて、言う。

「必要とあらば刃は振るいます。その意味では、わたしも遠見塚の人間です」

 いさなはカップを置く。コーヒーの表面が揺れる。

「どうしようもねえお人好しだけどな。だから家出してきた半妖の小僧も放っておけなくて、面倒を見ちまうのさ。おまけに母親探しまで引き受ける始末だ」

 いさなはじろっと凍月をねめつける。凍月はどこ吹く風といった様子だ。

「そうだったの……」

 朝霞は物憂げに嘆息した。

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