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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌⑫

 いさなが耀太ようたの母親探しを引き受けてから、1週間が過ぎた。

 放課後、氷魚ひおが部室に行くために教室を出ようとしたところで、ポケットの中の携帯端末が震えた。いさなからのメッセージだった。

たちばなくん」

 同じメッセージを見たのだろう。かなでが駆け寄ってくる。

「見つかったのかな」

「どうなんだろ」

 いさなからのメッセージはいつものように簡潔で、『今からアンジェリカで話したい』としか書かれていなかった。

 部室でできない話となると、今のところは耀太の母親のことしか思いつかない。

「とにかく、行ってみようか」

 校舎を出てすぐに、奏は眼鏡をかけた。途端、下校途中の生徒から向けられていた視線が途絶えた。相変わらずすごい効果だ。

 でも――

 駐輪場で自転車の鍵を外しながら、氷魚は奏の横顔を盗み見る。

「どうかした?」

 こっそり見たつもりだったのにすぐにばれた。ダンピールは感覚が鋭いのかもしれない。それか、自分がわかりやすいだけか。

「あ、その……」

 ただ顔が見たかっただけ、というベタな言い訳が思い浮かんだが、彼氏でもないのにそんなことを言ったら引かれるに決まっているので即座に却下する。かといって、他にうまい言い訳があるわけでもない。

「窮屈じゃないのかなって思って」

 仕方がないので、正直に言うことにした。

「ああ、これ?」

 奏は眼鏡を押し上げる。

「うん。泉間せんまでは我慢してたんだよね」

 そこにいるのに、いないようなものとして扱われる。そんな境遇にもしも自分が置かれたら、つらいだろうなと氷魚は思う。

 無視とはまた違う。まるで道端に転がる石ころみたいに、目に入っていても誰にも気にされない――

「まあね。でも今は学校の中では外しているから、前とは全然違うよ」

 だとしても、ずっと外していたいのではないだろうか。転校初日、豪雷軒で人の目を気にせずラーメンを食べる奏は心の底から楽しそうだった。

「教室で眼鏡を外した時、もちろん驚いたんだけど、嬉しいと思った部分もあったんだ」

「嬉しい?」

「うん。ああ、あたし、忘れられてなかったんだなって」

「――」

「だから、十分。みんなが覚えていてくれたってことを知れただけで、あたしは満足だよ」

「そっか……」

「と、先輩を待たせてもいけないし、早くアンジェリカに行こう」

 奏は勢いよく自転車をこぎ出す。

 後に続きながら氷魚は考える。奏はまだ女優の、そして歌手の仕事をしたいと思っているのだろうか。


 いさなは先にアンジェリカに着いていた。氷魚と奏が席に座り、飲み物を注文し終わったのを見計らって、いさなは口を開く。

「耀太くんのお母さんが見つかったよ」

「よかった、と言っていいんですよね」

 奏が不安交じりの声で訊いた。いなさは難しい顔で、「まあ、そうかな」と言う。

 あまり考えないようにしていたが、最悪、もう生きてはいない可能性もあったはずだ。少なくともそうではないようなので、ひとまず安心する。

 飲み物が運ばれてきた。オレンジジュースを一口飲んで奏が言う。

「見つかるの、ずいぶん早かったですね」

茉理まつりさんに紹介してもらった人が捜しものを見つけるプロで、あっという間に見つけたみたい」

「なるほど。――それで、耀太くんのお母さんは、どこに?」

泉間せんま鳥之原町とりのはらまちで働いてるって」

 低い声でいさなは言った。

 奏もいさなと同じように複雑そうな顔をした。

 泉間の鳥之原町は有名な歓楽街だ。鳴城に住む高校生の氷魚でも知っている。

 中学生の頃は、泉間に遊びに行った者がいれば、「鳥町とりまちには行ったのかよ」と合言葉のように言ってからかうのが男子生徒の間のお約束だった。女子が眉をひそめるまでがワンセットだ。

 飲食店が多いだけではない。鳥之原町、通称鳥町は風俗店があることでも有名なのだ。

「ということは……」

弓張ゆみはりさんは、鳥町にあやかしが働くお店があるって知ってる?」

 当然氷魚は知らないが、鳥町ならありうるかもと思う。テレビや写真で紹介されていた鳥町は、不思議で妖しい雰囲気を漂わせていたのだ。

「聞いたことはあります。冗談交じりにお師匠が連れて行ってあげようかと言っていたので」

「たぶんそれ冗談じゃないよ。わたし、中学の時に鳥町のホストクラブに連れていかれたから」

 氷魚は危うく口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。

 茉理さん、中学生の女の子をどこに連れていってるんですか。

「ええー!?」奏が本気で驚いている。

「イケメンばっかりでびっくりしたよ。しかもみんなやさしいの。はまる人がいるのもわかるわ」

「みんなあやかしだったんですか?」

「全員ではないけど、人間側も事情を知っている人だったね。茉理さん、オーナーにスカウトされたって言ってたな」

「お師匠だったらホストも似合いそう」

「ナンバーワン間違いなしだね」

 確かに、茉理がホストだったら入れ込む女性が続出しそうだ。

「で、耀太くんのお母さんは……?」

 恐る恐るといった様子で奏が尋ねる。

「バーでホステスをしてるって。人気らしいよ」

「なるほど。……いきなり耀太くんを連れていくのはまずいですよね」

「まずはわたしたちだけで会いに行こうと考えたんだけど、どうかな」

「いいと思います」

「氷魚くんは、どうする?」

「おれもついていきます」

 いさなは「うん、わかった」とうなずく。

 それにしても、あやかしが働くバーとは、一体どういうところなのだろう。

「念のために言っておくけど、直接バーに行くわけじゃないから、安心してね」

「あ、は、はい」

 それもそうだ。未成年だけでバーに行くのはさすがにまずい。

「橘くん。よかったら、お師匠に頼んで一緒に行ってみる?」

「え……なんで?」

「興味がありそうな顔をしてたから」

 奏はにやりと笑った。見透かされている。

「沢音さんみたいにきれいなヒトがいっぱいいるかもよ」

「あ……あはは」

 氷魚はとりあえず笑ってごまかした。心なしか、いさなの視線が怖かった。


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