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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌⑪

「遠野では、やっぱり隠れ里に住んでいたの?」いさなが尋ねる。

「はい。叔母上の家に厄介になっておりました」

「家の人には、黙って出てきたのかな」

「置手紙を残しました。ただ、あの方たちは拙者を探そうとはしないでしょう。純粋な妖狐である叔母上たちは、人の血が混じっている拙者を快く思っていません。これまで育ててくれたことは感謝していますが、もう戻らぬ方がいいのです」

 耀太ようたは切なそうに笑った。子どもの笑みではなかった。

「その、お父さんは……?」

 耀太はかぶりを振った。

「わかりません。人である、とだけ聞いています」

「そっか……」

 物心つく前に母と離れ、父の顔も知らず、親戚の元で育った耀太の境遇のつらさは、氷魚ひおには想像もできなかった。ただ、そんな耀太の母に会いたいという思いだけは、痛いほど理解できた。

「――いさな殿たちに頼みがあります」

 居ずまいを正し、耀太はこちらに向き直る。

「厚かましいのは重々承知です。ですが、どうか、拙者の母を探してはいただけないでしょうか」

 言って、耀太はきれいな座礼をした。

「――うん、いいよ」

 いさなは微笑んだ。やっぱり、思った通りだ。いさなだったらそう言うに決まっている。

「あ――ありがとうございます!」

 顔を上げた耀太は安堵の表情を浮かべる。

「いいのかい、いさな。そんな安請け合いをして。きみにひと――あやかし探しができるのか」と道隆が咎めるように言う。

「難しいでしょうね」

「だったら」

「でも、伝手はある。自分にできないのなら、誰かに頼ればいい。茉理まつりさんに適任者を訊いてみる」

「だとしても、無償ってわけにはいかないだろ」

「当然。依頼料は払うよ」

「あの、お金がかかるのでしたら……」

「あたしも出しますよ」

「おれも」

 先日の件で、茉理からの『報酬』が氷魚の口座に振り込まれていた。

 月々のお小遣いとお年玉しか収入がない氷魚にとっては、目眩がするような金額だった。気が大きくなるどころか、かえって怖くなったくらいだ。

 下手に使ったら家族に怪しまれるに違いないのでほぼ塩漬けだったが、ここは使いどころだろう。

 いさなは「いいよ。ひとまずわたしが払う」と言ってから、人差し指を立てる。

「出世払い」

「はい?」

「耀太くんが大きくなって、お金を稼げるようになったら、返してくれるかな」

「いいのですか?」

「期待してるから」

「まったく。そんなんだから、お金が貯まらないんだよ」

 道隆みちたかが呆れたように嘆息する。

「あら、兄さんだって、耀太くんに服を買ってあげたりしたんじゃないの?」

 確かに、耀太は真新しい服を着ている。

「それは……大した出費じゃないからいいんだ」

 どうやら、一緒に外出した際に、道隆が買ってあげたらしい。

「金額の問題じゃないでしょ」

「いいや、いさな。きみはわかってない」

 いさなと道隆がにらみ合う。

「その辺にしとけ。要するに、兄妹そろってお人好しなんだよ、おまえたちは」

「む……」

「ぐ……」

 すわ兄妹喧嘩勃発かとはらはらしたが、影の中から聞こえてきた凍月いてづきの声で2人は口をつぐんだ。

「す、すみません。拙者のせいで……」

「耀太くんは悪くないよ」

 2人の声が見事に重なった。

 道隆といさなは顔を見合わせ、揃って苦笑する。

「兄さん、わたしは耀太くんに協力するよ」

 笑みを引っ込め、いさなはきっぱりと言った。

「――わかった。もう止めないよ」

「それで、兄さんにもお願いがあるんだけど」

「お母さんが見つかるまで、耀太くんをこの家に泊めてあげればいいんだろ」

「よくわかったね」

「わかるさ。何年きみの兄をやってると思ってる」

「――うん、ありがとう」

 笑い合う2人に向けて、耀太は静かに頭を下げた。


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