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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌⑩

 まさか、現代にも忍者がいたとは。

 忍者という存在は、江戸時代が終わったあたりでいなくなったものだと思っていた。

 バケモノがいるなら現代に忍者がいてもおかしくはない、のだろうか。方向性が違う気もするが。

「あたしが協会に所属しようと思ったのは、父の影響もあるんです。父にお師匠を紹介してもらって、って感じですね」

 ダンピールとはいえ女優のかなでがどうやって協会に所属したのか謎だったが、そういう繋がりがあったのかと納得した。

「では、奏殿も忍者、くノ一なのですか?」

「期待を裏切るようで悪いんだけど、違うよ。サバイバル術や格闘技は習ったけどね」

 奏が使う武術は空手とはちょっと違うと思っていたが、独特のものだったようだ。

「あたし、手先が不器用なんだ。細かい動作が苦手で、忍具とか使えなくて。手裏剣ひとつまともに打てなかったの。忍者って格好いいから、憧れた時期もあったんだけどね」

 奏は拳を握ったり開いたりする。

 そういえば、奏は体育で球技に苦戦していた。跳んだり走ったりはすごいのだが、バスケットのドリブルなどがぎこちなかったのだ。

 ちなみに特進科では体育は人数の関係上、男女合同で、普通科から羨ましがられている。

「そうだったのですね……」

「あたしはくノ一じゃないけど、よかったら今度あたしのお父さんを紹介しようか。あんまり忍者って感じはしないけどね」

「ぜひ、お願いします!」

 耀太ようたは目を輝かせる。よほど忍者が好きなようだ。

「うん。でも、その前に、耀太くんの事情を訊いてもいいかな」

 途端、耀太の顔が曇った。

「やはり、話さねば駄目でしょうか」

「話してくれないと、何もできないからね」

「どういうことですか?」

「耀太くんが困っているのなら、力になりたいって思ったの。どうかな?」

「あ……」

「わたしも弓張ゆみはりさんと同じ考えよ」

 それまで黙っていたいさなが言った。

 少しの間耀太は逡巡していたが、やがて意を決したように口を開いた。

「――拙者は、母を探したいのです」

「お母さんを?」

「はい。母は、拙者がまだ幼い頃、拙者を置いて出ていったのです」

「今もまだ幼」と言いかけた凍月いてづきを遮り、

「幼いっていうと、耀太くんが何歳くらいの時?」といさなが訊いた。

「おそらく、1歳か2歳くらいの時だと思います」

「今は何歳?」

「今年で11になりました。本当は10になった年に探しに出たかったのですが、機会に恵まれなかったのです」

 どうやら、半分あやかしでも見た目相応の年齢のようだ。

「そうだったんだ……」

「会って、どうしたいんだ。一緒に暮らしたいのか?」

 凍月が直球を投げた。耀太は寂しそうに微笑む。

「いえ、それは望みません。母には母の事情があったのでしょう。戻ってこないということは、母には拙者と暮らす気はないのだと思います」

 そんなことはないはずだ、とは、誰も口にできなかった。

 耀太は続ける。

「拙者はただ訊きたいのです。なぜ、拙者を置いていったのか」

 母親がまだ小さい子どもを置いていくなんて、よほどのことだ。

 場合によっては、ひどく残酷な真実を知ることになるのではないか。

「知らない方がいいんじゃねえか」

 誰もが言うのをためらっていたことを、凍月が言った。

「それでも」と耀太はまっすぐに凍月を見据える。

「拙者は、知りたいのです」

「――そうかよ」と凍月はそっぽを向く。

「あてはあるの?」

「協会の泉間せんま支局を目指そうと考えていました。泉間の支局長は拙者と同じ種族だと聞いたので、雑用でもなんでもして、母を探してもらうつもりだったのです」

「だったら、なんでわたしたちが協会の構成員だって知って慌てたの?」

「糧を得るためとはいえ、人々を驚かしていたので、退治されるのかもしれないと思ったのです」

「なるほどね」

「退治まではいかなくても、怪異を引き起こしたことには間違いありません。協会に知られたら、元の場所に連れ戻される可能性がありました」

「だから協会に連絡されることを渋ったのね」

「そうです。頼ろうとしていた協会に、逆に怯えることになったのは自分の無計画さ故です」

「甘すぎるだろ。行き当たりばったりが過ぎる」

 凍月がばっさりと斬り捨てる。

「……返す言葉もありません」

「ちょっと、凍月」

「いさなは黙ってろ。――いいか、おまえはまだガキだが、怪異を引き起こす力がある。今回はたまたまいさなたちに出会ったからよかったが、これが物騒な相手だったら問答無用で退治される可能性だってあったんだぞ。人の世で怪異を発生させるというのは、そういうことなんだ」

「……はい。申し訳ありませんでした」

 耀太は力なくうなだれた。見ていて気の毒になるくらい落ち込んでいる。

「――最後に、これだけははっきりさせておく。俺は人間に迷惑をかけるなと言いたいんじゃない。ただ、つまらんことで自分の命を危険にさらすなって言いたいだけだ。母ちゃんに会う前に死んじまったら、何にもならねえだろうが」

「凍月さん……」

 耀太が顔を上げると同時、凍月はいさなの影に戻っていった。

「そんな目で見るんじゃねえ。だから子どもは嫌いなんだよ」という言葉を残して。

 やっぱり、凍月はやさしいあやかしだ。

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