置いてけ堀哀歌⑨
放課後、氷魚は学校から直接自転車で遠見塚家に向かった。いさなと奏も一緒だ。
ペダルを漕ぐこと大体30分くらいで到着した。結構な距離だが、田舎の小中高生は自転車で移動することに慣れているので苦ではない。
「すごいお屋敷ですね。時代劇の撮影にも使えそう」
門をくぐった奏が感嘆の声を上げる。
「弓張さんって、時代劇に出たことあるの?」と氷魚は訊いた。
少なくとも、氷魚は奏が出演している時代劇を観たことはない。
「小さい時に、異国人の娘役で何回か。端役だよ」
「かつらとカラーコンタクトを使えばお姫様もいけそうだけどね」いさなが言う。
「あたしは柄じゃないですよ。姫だったら先輩の方がよっぽどらしいです。ね、橘くん」
確かに、いさなだったら時代劇でお姫様を演じていても違和感はない。
「そうだね。いさなさんは東洋、弓張さんは西洋の姫って感じかな」
「自分で振っといてなんだけど、そういうことを素でさらっと言っちゃうんだ……」
「いつものことよ」いさなが呟く。
「やっぱり、そうなんですね」
氷魚は首を傾げた。一体何がやっぱりなのだろう。
そうこうしているうちに玄関に着いた。
「どうぞ、上がって」
いさなが戸を開ける。
「お邪魔します」
氷魚と奏は靴を脱いで廊下に上がる。
声が聞こえたのか、居間から作務衣姿の道隆が出てきた。
「やあ氷魚くん、いらっしゃい。と、きみは……」
道隆は、奏の眼鏡を見て目を細める。
奏は眼鏡を外して微笑んだ。
「はじめまして。弓張奏です」
「やっぱり、魔導具だったか。天霧先生の作品かな」
奏ではなく、魔導具に反応するのがいかにも道隆らしい。
「そうです。よくわかりますね」
「気配の遮断にムラがないからね。自然すぎて不自然なくらいだ。もはや芸術品だよ」
「ちょっと兄さん。他に言うことがあるでしょ」
いさなが道隆の肘をつつく。熱心に眼鏡を見つめていた道隆は、はっとしたように奏の顔に視線を向ける。
「これは失礼。いさなの兄の道隆です。弓張さんの話はいさなから聞いていますよ。すごい女優さんだと」
「いえ、あたしはまだまだです」
「ごめんね、弓張さん。うちの兄さん、テレビはほとんど観ないの」
「職人さんって感じですね」
「魔導具以外は目に入らないっていうか、なんというか……」
「料理番組は観るよ」
「立ち話もなんだし、居間に行こうか。兄さん、耀太くんは?」
スルーされた道隆は若干悲しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直したように、
「居間でDVDを観てる」と言った。
「うちにDVDなんてあったっけ」
「耀太くんと一緒に国道沿いの『ジオ』で借りてきた。初めてカードを作ったよ」
居間に入ると、「忍ぶどころか目立ってやるぜ!」という声がテレビから聞こえてきた。画面を見れば、忍び装束っぽいデザインのカラフルな衣装に身を包んだ戦隊ヒーローたちが豆腐を持った怪人と戦っている。
「あ、『ニンジャンジャー』だ。懐かしい」と奏が言った。
氷魚も小さい頃に観ていた記憶がある。派手で個性的な忍者一家が印象に残っている。
氷魚たちが入ってきたことにも気づかずに、耀太は食い入るように画面を見つめていた。
邪魔をしては悪いので、氷魚たちは部屋の隅に静かに座った。
ほどなくして怪人が巨大化し、ヒーローたちはロボットに乗り込んで対抗する。怪人は健闘するも、最後は必殺技で倒されて物語は終わった。
耀太は満足げに息を吐くと、リモコンを操作してDVDを取り出す。
「面白かった?」
奏が声をかける。
「はい、やはり忍者はいいですね。――って、うわ! みなさんいつの間に?」
振り向いた耀太が目を見開いた。
「さっきからいたよ。耀太くん、忍者が好きなの?」
奏が訊くと、耀太は恥ずかしそうに目を逸らした。
「……はい。テレビの時代劇で観て、虜になりました」
耀太の拙者という一人称は、そこから来ているのかもしれない。
「そっか。格好いいもんね、忍者」
「奏殿、わかってくれますか!」
耀太が前のめりになる。
「うん。あたしの父方の家系、忍びだからね」
さらっと、奏がとんでもないことを言った。
「えええー!?」
氷魚といさなは揃って声を上げる。
「ってことは、弓張さんのお父さんも?」
「弓張徹氏は一流の冒険家だけど、忍びとしても一流だよ。さらに、凄腕の退治屋でもある。協会では間違いなく5本の指に入るね」
道隆が衝撃の追加情報を口にする。
「うそ。全然知らなかった……」
どうやら、いさなも初耳だったようだ。
「あくまで本業は冒険家で、退治屋としては大っぴらに活動しているわけじゃないからね。こっちの世界でも、知っているのはごく一部じゃないかな。あ、大丈夫だと思うけど、あまり言いふらさないようにね」と道隆は人差し指を唇に当てた。
テレビに出るくらい有名な冒険家の裏の顔は忍者で、バケモノ退治のプロフェッショナル。またしても驚きの事実が明らかになった。




