置いてけ堀哀歌➆
置いてけ堀の声の正体は妖狐の小さな男の子で、腹を満たすためにみんなを驚かしていた。
どうやら、そういうことらしい。
しかし、この子は一体どうして鳴城で腹を空かせていたのだろうか。
「あなたがたは、ぼくを退治するために協会から派遣されたのですか?」
顔を上げて、男の子は尋ねた。いさなはかぶりを振る。
「違うから安心して。わたしたちはきみを退治したりなんかしない」
「今のところは、だけどな」
「凍月……」
凍月は肩をすくめるような仕草をする。
「――改めて、話を聞かせてくれるかな」
「……わかりました。でも、その前に、下ろしてくださるとありがたいのですが」
「あ、ごめんね」
奏はそっと男の子を地面に下ろした。
「ありがとうございます」
改めて見ると、男の子は利発そうな顔をしている。
「ぼく――拙者は耀太と申します。ご指摘の通り、妖狐なのですが、半分は人間の血が混じっています」
「じゃあ、あたしと同じだね。あたしは弓張奏、半分吸血鬼なんだ」
眼鏡を外し、奏は嬉しそうに自分を指さす。耀太は目を瞠った。
「なんと、吸血鬼ですか。もしかして、他の皆さんもあやかしの血が?」
「わたしは一応人間よ。影がちょっと変わってるけどね。――わたしは遠見塚いさな。こっちは凍月っていうの」
凍月がふん、と鼻を鳴らす。
遠見塚の名を聞いても耀太の様子に変化はない。凍月や影無については知らないようだ。
「おれは橘氷魚、人間だよ。よろしくね」
氷魚は耀太に笑いかけた。自分のことを人間だと自己紹介する日が来るとは思いもしなかった。耀太は大きくうなずく。
「奏殿、いさな殿、氷魚殿、そして凍月殿ですね」
「それで、耀太くんはどこから来たの?」と、いさなが訊いた。
「遠野です」
鳴城からはだいぶ離れている。いくら半分あやかしとはいえ、子どもの足で移動できる距離ではないはずだが。
「遠野だと? まさか歩いて来たとか言わねえよな」
「トラックの荷台に忍び込みました。腹が減って我慢できなくなって、トラックが止まったところで降りたのがこの地だったのです」
「なるほど。で、置いてけ堀の真似事をしてたってわけか」
「他に方法が思いつかなくて……」
「今までずっとザリガニを食べていたの?」
奏が訊くと、耀太はにこりと笑った。
「狐火で焼けば結構うまいのですよ」
たくましいが、栄養状態が心配だ。見れば耀太はあちこち汚れている。ずっと野宿をしていたのだろう。
「どうして遠野を出ようと考えたんだ。あそこはまだあやかしにとって居心地のいい場所のはずだろう」
凍月の言葉に、耀太は顔を曇らせる。
「……少なくとも、拙者にとっては戻りたいと思う場所ではありません」
「なんでまた。親はどうしたんだ」
「……」
「――耀太くん、お腹が空いてるんだよね」
黙り込んだ耀太に、いさながやさしく声をかける。耀太は無言で首肯した。
「だったら、ひとまずうちに来る?」
「マジかよ。ただでさえ狭い部屋がさらに狭くなるぞ」
「わたしの家じゃなくて、遠見塚の方だよ。――どうする、耀太くん」
「いいのですか?」
「いいよ。本当は、協会に連絡して保護してもらうのが一番なんだけど」
「……すみません。それはもう少し待っていただけませんか」
こんなに小さな子が家を出たのだ。何かしらの事情があるに違いなかった。
いさなも氷魚と同じことを考えたらしく、こう言った。
「わかった。今は事情を訊かないでおくね」
「かたじけないです」
耀太は、深々と頭を下げた。




