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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌④

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 日曜日、お昼を食べ終えた氷魚ひおは家を出た。自転車に乗り、いさなたちとの待ち合わせ場所である図書館に向かう。いい天気だった。

 駐輪場に自転車を止めて、館内に入る。冷房は弱めだが少し肌寒い。

 入り口近く、雑誌が置いてあるスペースのソファーにいさなとかなでを見つけた。氷魚に気づいた奏が小さく手を振った。今日は眼鏡をかけている。

「こんにちは。遅くなりました」

 近づいて、氷魚は小声であいさつする。

「ううん。時間ぴったりだよ。わたしと弓張ゆみはりさんが早く着きすぎたの」

「それじゃ、さっそく行こうか」

 3人は自転車を駐輪場に置いたまま、まず近くのスーパーに入った。

 タコ糸、チーズかまぼこ、バケツを買い物かごに入れる。買うものはそれだけ――のはずだが、いさなはおむすびやサンドイッチ、お菓子を手に取り、次々とかごに入れていく。結構な量だ。

「いさなさん、お昼まだなんですか?」

「食べたよ。これは間食用。お腹が減ったら困るでしょ」

 愚問だった。


 あざみに教えてもらった材木店近くの小道に足を踏み入れた途端、一気に涼しくなった。長袖を着てくればよかったかもしれない。日の光が当たる場所ならともかく、日陰にはもう夏の気配はない。9月も中旬で、秋の気配が濃くなってきた。

 お堀を横目に道なりに歩く。

 ほどなくして、氷魚たちは問題の置いてけ堀と思われる場所に到着した。

 周囲を木に囲まれた寂しい場所で、薊が言っていた通り、ため池みたいになっている。

 ほとりにはバケツが2つ、持ち主に忘れ去られたみたいにぽつんと置かれていた。薊と薊の弟のものだろう。

「どうだ小僧、何か感じるか?」

 いさなの影からぬるりと姿を現した凍月いてづきが口を開いた。声は聞いていたが、こうして姿を見るのは久しぶりな気がする。

「いえ、特には。凍月さんは?」

「俺も何も感じねえ。特定の条件下にならないと出現しないのかもな」

「特定の条件下ってやっぱり……」

 凍月はいさなが持つバケツに前脚を向ける。

「そりゃおまえ、ザリガニに決まってんだろ」


 氷魚はタコ糸を程よい長さで切ると、これもやはり適当な長さにちぎったチーズかまぼこに結び付ける。手作りの釣具の出来上がりだ。

たちばなくん、手際いいね」

「昔やったことあるからね」

 見れば、奏の手元ではタコ糸がこんがらがっていた。氷魚の視線に気づいた奏が、「自分、不器用ですから」と照れくさそうに笑う。

「握力は高そうなのにな」と凍月がからかう。

「リンゴくらいなら割れますよ」

 戦慄の返しだった。潰すよりも握力がいると聞いたことがある。

「ゴリラじゃねえか」

「さすがに500キロはありませんよ、たぶん」

「弓張さん、ちょっといい?」

 氷魚は奏が持っていたタコ糸を受け取ると、手早くほぐしてチーズかまぼこに結び付けた。

「はい、どうぞ」

「ありがとう!」

 ふといさなに目を向けると、いさなはなぜか複雑な顔でタコ糸を見つめていた。きれいに結べている。

「いさなさん、どうかしましたか」

 氷魚が声をかけると、いさなは慌てたようにタコ糸を後ろに隠した。

「ううん、べつになんでもない」

 凍月がにやりと笑う。

「ははーん。さてはおまえも小僧に」

「凍月の口も結んであげようか?」

 いさなは必殺仕事人みたいな仕草でタコ糸を構えた。

「……いや、遠慮しとくぜ」

「――?」

「さて、じゃあ釣ろうか」

 気を取り直したようにいさなは言う。

「あ、待ってください。いさなさんのタコ糸、借りてもいいですか?」

「え? うん」

 氷魚は近くに落ちていた木の枝を拾い上げると、いさなの持っていたタコ糸に結び付けた。

「この方が釣りやすいと思いますよ。気分も出ますし」

「――あ、ありがとう」

「よかったじゃねえか」

 凍月が楽しそうにいさなの足を前脚で叩く。猫みたいだ。

「……うっさい」

 氷魚は同様に、奏と自分のタコ糸も木の枝に結び付けた。

「では、改めて」

 氷魚は濁った水中にチーズかまぼこを沈めた。

「手ごたえがあったら、そっと引き上げてください。急に引っ張ると逃げちゃうので」

「はーい」

「了解」

 かくして、氷魚たちのザリガニ釣りが始まった。

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