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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌③

 あざみが退室したのを見届けてから、いさなは「みんなは置いてけ堀についてどれくらい知ってる? 鳴城なるしろのじゃなくて、オリジナルのね」と言った。

 氷魚ひおかなでは顔を見合わせた。それから2人は示し合わせたように星山ほしやまに目を向ける。

 星山は笑って、「お先にどうぞ」と言った。

「おれは、アニメの昔話の知識しかないです。小さい頃に観たのでちょっとあやふやだけど」

「あたしは観たことないな。聞かせてくれる?」

「確か」と氷魚は記憶をたどる。

「男性が置いてけ堀って名前の堀に夜釣りに行って、たくさんの魚を釣るんだ。で、帰ろうとすると、水の中から『置いてけ』って声が聞こえてくる。男性は魚が入った魚籠を持ったまま逃げ出すんだけど、その帰りに女性や蕎麦屋の主人に会うんだ。でも、みんな目も鼻もないのっぺらぼうで、驚いた男性は魚籠を投げ捨ててほうほうの体で自宅に帰り着く。何かあったのかと聞く奥さんに、男性はバケモノに会ったんだと説明する――」

「あ、わかった。奥さんが、そのバケモノはこんな顔だったでしょって言うんだね。そして、奥さんものっぺらぼうだったと」

 オチを先に言われてしまった。

「まだ続きがあったはずだけど、そんな感じだね」

「正体って、何だったの?」

「そこまではわからない」

河童かっぱ川獺かわうそたぬきむじなって言われてるね」

 そう言ったのは星山だった。

「変化球では、ギバチ――なまずの一種っていう説もあるらしい。あと、面白くもなんともないんだけど、追剥とか」

「部長、詳しいですね」

「本の受け売りだよ」

 だとしても、知識として身についているということに他ならない。

「河童だったら自分で魚を捕まえればいいのに」と奏が身も蓋もないことを言う。

「河童の場合はちょっと話が違うんだ。自分の皿を釣り上げられて、それを『置いてけ』って言ったらしい」

 星山は本当に詳しい。いさなが星山にいてくれと言った理由がわかった。

 にしても、皿を釣り上げられるなんて、河童には気の毒だが、ユーモラスな光景かもしれない。

 そういえば、沢音さわねは遠野で河童と博打を打ったんだったか。

「鳴城7不思議では聞いたことないですけど、鳴城のお堀にも河童がいるんでしょうか」

 氷魚が言うと、星山は微笑んだ。

「いたら面白いな」

 それから、「橘くんは、妖怪の存在を信じるかい」と訊いてくる。

「はい」

 氷魚はうなずいた。かつては半信半疑だったが、今の氷魚は妖怪、あやかしが間違いなく実在していることを知っている。

「そうか。俺もだ。会ったことはないが、いつか会ってみたいと思ってるよ」

 実際に怪異に遭遇している星山だから、あやかしの存在も信じられるのだろう。

 にしても――

 実は目の前にいるんですよと氷魚は口に出して言いたくなった。

 奏は半分吸血鬼だし、いさなの影は大妖凍月である。

 改めて、すごい部員たちがいる部活だ。

 もちろん、星山に言えるはずもないが。

 ふといさなの影に目を向けると、口が牙を見せてにやりと笑っているのが見えた。

「あたしも妖怪がいるって信じてますよ」

「わたしも」

 奏といさながしれっと言う。

「だったら、いつかみんなで遠野に河童を捕まえにでも行くか」と、星山が軽い口調で言った。

「確か、カッパ捕獲許可証がいるんでしたっけ」

 言って、奏が携帯端末を操作する。

「なんと、捕まえると賞金1000万ですよ」

 大金だとは思うが、妥当な金額かどうかは氷魚には判断がつかない。もっと高くてもいいような気はする。

「1000万か……。鳴城の置いてけ堀が河童の仕業だったら、捕まえて遠野に連れていくのも手かも」

 いさながぼそりと言う。目が割と本気っぽい。まさかやらないとは思うが、そんなことをしたら協会に怒られるのではないだろうか。人とあやかしの秩序ぶち壊しだ。

遠見塚とおみづかは、やっぱり調査に行くのかい」と星山が尋ねた。

「もちろん」といさなはうなずく。

「だよね。遠見塚なら大丈夫だとは思うけど、十分気をつけて」

「うん、ありがとう。――氷魚ひおくん、弓張ゆみはりさん、次の日曜日は空いてる?」

「あたしも行っていいんですか?」

「ええ。もしかして迷惑だった? それか用事があるとか?」

「いえ、ぜんぜん! 空いてます。すごく暇です!」

 奏は勢いよく頭を横に振った。

 奏を家に誘うチャンスだったかもしれない。家族の前で一応の約束をしてから、ずっと言い出せないままだ。

 9割9分くらいの確率で断られはするだろうが、誘ったという事実は作っておきたい。駄目だったとしても、嘘をつかずに済むからだ。

 よし、と氷魚は覚悟を決めた。

 調査が終わったら、声をかけてみよう。

「氷魚くん、ずいぶんと気合が入った顔だね」

「……え? そうですか? キョーカイ部の活動は鎧武者以来だから、そのせいかもしれませんね」

「そう? まあ、わたしも楽しみだけど」

 そう言って微笑むいさなを見ていたら、心がちくりと痛んだ。いさなを裏切ったというわけではないのだが、奏を誘うのはなんだか後ろめたく思う。

 待てよ。だったら――

 氷魚の頭に名案が浮かんだ。

 これなら、なんとかなるかもしれない。

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