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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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置いてけ堀哀歌②

「昨日。日曜日だったから」

「1人で行ったの?」

「いや、弟に道案内を頼んだ。本当は夕方がよかったんだけど、それじゃ怖いっていうんで、お昼を食べてから出かけた。途中でバケツとタコ糸とチーズかまぼこを買ってね」

「タコ糸とチーズかまぼこでザリガニが釣れるの?」

 かなでが不思議そうに訊く。どうやら、ザリガニ釣りをしたことがないらしい。

「釣れるよ。チーズかまぼこを適当な大きさにちぎって、タコ糸にしっかり結び付けるだけでいいんだ。そのままでもいけるけど、木の棒なんかを即席の釣竿にすると釣りやすいかな」

「ああ、おれもやった。懐かしいな」

 その方法を氷魚ひおに教えてくれたのは例によって姉だ。

 一緒に釣りに行き、バケツいっぱいザリガニを釣ったはいいが、家の水槽では飼いきれず、戻してきなさいと母に言われて、泣く泣くリリースしたのを思い出す。

「おれも懐かしくなってさ。置いてけ堀についてすぐに弟は帰っちゃったけど、よし、久々に釣るか、って気になったよ」

「たくさん釣れた?」

 氷魚が訊くと、あざみは楽しそうに微笑んだ。

「面白いように、とまではいかないけど、食いつきはよかったな。お昼から夕方まで粘って、新しく持ってきたバケツと、弟が置いていったバケツがいっぱいになるくらいは釣れた。そこで我に返ったんだ。こんなに釣ってどうすんだってな。気づけば、辺りはすっかり薄暗くなってた」

 薊は紙コップを手に取り、お茶を一口飲み下す。そうして、声のトーンを落とした。

「お昼に来た時は何とも思わなかったんだけど、周囲を木に囲まれた置いてけ堀は寂しい場所で、急に怖くなった。おれ以外に誰もいなかったし。人気のザリガニ釣りスポットでも、噂が広がったせいか、人が寄り付かなくなったんだろうな。――で、ザリガニを堀に戻そうか迷っていると、声がしたんだ。老人みたいなしわがれた声で、『置いてけ』って。……人間、怖いと本当に鳥肌が立つんだな」

 その時の声を思い出したのか、薊は自分の腕をさすった。

「それ、ガチで怖いやつだね」

「ああ、肝を冷やすって、ああいう時に使うんだと思う。声を聞いた瞬間、ザリガニなんかどうでもよくなって、おれは逃げ出したんだ。……情けないけど」

「情けなくなんかないよ」

 いさなが首を横に振る。

「そう、ですか?」

「逃げて正解。怪異はどんなことをしてくるかわからないからね。正体も判明してないのに立ち向かうのは無謀だから」

 耳が痛い。いさなにそんなつもりはないのだろうが。

「そう言ってもらえると、少しは気が楽になります。弟にも申し訳がなかったんで。……っていうか、信じてくれるんですか? 怖い話を用意していったのに、みんな追い返されたって言ってたけど」

「全部あからさまな作り話だったからね。でも、薊くんの話は違う。表情が本物だった」

「本物って?」

「怪異に遭遇した人が見せる顏よ」

「……なるほど?」

 薊は納得しきれてないようだ。

 それはそうだろう。本物の怪異に遭遇した人の顔なんて、そうそう見る機会はない――はずだ。

「あとは任せて。この件は、キョーカイ部が責任を持って調査させてもらうね」

 妙な部活名だな、という思いを隠しきれていない顔の薊は「よろしくおねがいします」と頭を下げた。


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