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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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ごきぶりポーカー

 かなでが転校してきてから2週間が過ぎた。

 当初は休み時間の度に廊下に野次馬が溢れていたが、ようやくそれも落ち着いてきた。

 奏はすでにクラスに溶け込んでいる。元から人懐っこい性格のようで、あっという間にみんなと仲良くなった。

 それとなくSNSも調べてみたのだが、奏が鳴城なるしろにいる、といった情報は出回っていない。みんなもその辺は気を遣っているようだ。

 何事も平穏が一番だ。

 放課後、部室の椅子に座り、部長の私物である電気ポットで淹れたお茶を飲んで氷魚ひおはしみじみと思う。

たちばなくん。いつまで悩んでいるの?」

 奏に声をかけられて、氷魚はテーブルに目を落とした。

 いさな、奏、星山ほしやま、氷魚は、ごきぶりポーカーで遊んでいた。奏が持ってきたカードゲームである。

 といっても、ただ遊んでいるわけではない。次の学校新聞の新コーナー『世界各国のアナログゲームを紹介します』用なのだ。

 奏立案で、星山が「外国の文化を知る一端になるかもね」と許可したのだった。星山判断では郷土的にOKらしい。

 ドイツ発のごきぶりポーカーは心理戦が熱いカードゲームで、プレーヤーたちはごきぶり、蠅、カメムシなどの『嫌われ者』のカードを押し付け合う。

 親は伏せたカードを他のプレーヤーの前に出し、「これは~です」と告げる。選ばれたプレーヤーかはそれが本当か嘘か考えて、申告する。当たればカードは親の元へ行き、外したらカードは外したプレーヤーの元へ行く。同種のカードが4枚揃ったら負けだ。

 ルールはいたってシンプルで、ブラフが肝要なのだが氷魚はさっぱり勝てていなかった。

 氷魚は心を落ち着かせるために飲んでいたお茶をテーブルに置く。

「――ネズミ」

 氷魚はできるだけ平静を装って奏の前にカードを出した。

「うそだね」

 即座に言って、奏はカードをひっくり返した。カエルだった。

 氷魚の前にカエルのカードが4枚揃った。氷魚の負けである。

 氷魚は力なくうなだれる。

「橘くん、顔に出すぎ」

 奏が実に楽しそうに言う。

「そうかなあ」

 氷魚は自分の頬をさすった。自分では精一杯ポーカーフェイスをしているつもりなのだが。

「そうそう。ジム・キャリーの『マスク』みたい」

 実写だが、アニメのように目玉が飛び出したりする演出がある映画だ。

「さすがにあそこまでじゃないでしょ。……っていうより、3人が強すぎだよ」

 ゲーム中のいさなと星山は徹底した無表情でさっぱり読めず、奏はいつもにこにこしていて、これもまた読めない。

「どうする? まだ続けるかい?」

 負け続ける氷魚が気の毒になったのか、星山がそう言った。

「そうですね……」

 負けっぱなしは悔しい。せめて一勝はしたい。

 氷魚がもう一回お願いしますと言おうとしたところで、控えめなノックの音がした。

 星山がドアに顔を向ける。

「また入部希望者かな」

 郷土資料室のドアには、いさなが書いた「日常に這い寄る怪異、引き受けます」の張り紙の他に「新入部員は募集していません」とそっけなく書かれた張り紙が貼られている。奏効果で入部希望者が殺到したためだ。

 張り紙を貼ってからはさすがにその数は減ったが、それでもなお、入部したいという生徒が日に何人かは訪れている。

 みんな奏目当てなのが明らかなので、星山といさなが都度対応し、入部を諦めてもらっていた。

 星山以外の元々の郷土部部員は幽霊部員の気まずさもあってか、奏入部後も顔を見せていない。

「さっきは星山くんが行ったから、今度はわたしが断ってくるね」

 いさなが立ち上がった。

「いつもすみません」

 奏が申し訳なさそうに言う。いさなと星山に『悪役』を押し付けてしまっている現状を心苦しく思うのは氷魚も同じだ。

「いいよ。気にしないで」

 最初、奏は自分が断ると主張して、氷魚も「だったらおれも」と続いたが、それでは角が立つといさなと星山に諭されていた。

 入部希望者の中には2年生の先輩も混じっているからだ。後輩に入部を断られたらいい気分はしないだろう。

 そう言われて、奏も氷魚も言い返せなかった。先輩2人に守られていると感じる。

 いさながドアを開けると、外にはあざみが立っていた。氷魚のクラスの学級委員長で、猿夢騒動の最初の犠牲者だ。

 猿夢から目覚めてからは特に不調もなさそうで、毎日元気に登校している。

 薊より背が高いいさなに怯んだのか、半歩下がった薊はおずおずと口を開いた。

「あ――あの」

「きみは薊くんだったね。悪いけど、新入部員は募集してないの。ごめんね」

 いさなが穏やかに、けれども断固とした口調で言うと、薊は慌てたように手を振った。

「いえ、違うんです。入部したいわけじゃなくて、相談に来たんです」

「というと?」

「……その、怪異について」

 薊はドアの外側、張り紙が貼られている場所に目を向けながら言った。

「怪異って、どんな?」

 奏の入部以降、怪異の相談をしたいという生徒の数も増えた。

 といっても内容はほとんどが一発で作り話とわかるようなものや、安全なこっくりさんのやり方を教えてほしいとか、そういう、とにかく奏と関わる機会を作りたいという意図が透けて見えるようなものばかりだった。

「置いてけ堀、なんですが」

 薊が言うといさなは即座に、

「っていうと、本所ほんじょ7不思議の1つだよね」と返した。

「本所……? おれ、ばあちゃんに聞いた昔話しか知らなくて。魚がよく釣れる堀で、大漁に満足して帰ろうとすると『置いてけ、置いてけ』って言われるやつです」

「うん。それで合ってるよ。本所っていうのは今の東京の墨田区南部辺りのことで、置いてけ堀は本所に伝わる7不思議の1つなの。怪談だけど、落語になってたりもするね」

「そうなんですね。知りませんでした」

「その置いてけ堀が鳴城にあるっていうのは初耳なんだけど」

「最近、小学生の間で噂になってるんです。おれ、一緒に確認してくれって弟に頼まれて、それで……」

 寒くもないのに、薊は身体をぶるりと震わせた。顔には、紛れもない恐怖の表情が浮かんでいる。

「――わかった。詳しく聞かせてもらってもいいかな?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 日常に這いよる怪異の予感!これはやばいですね!
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